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業績主義の落とし穴

2016.05.16 Mon
経済

三菱自動車の燃費偽装事件について、いろいろ考えています。たとえば、自分が偽装を知り得た社員だったら、どうしただろうか、内部告発をしただろうか、と考えると、たぶん「世の中、こんなもの」と、黙っているのではないでしょうか。

新聞業界の不正として、以前から批判されてきたのが「押し紙」という仕組みです。新聞が公表される販売部数を多く見せるために、新聞社が販売店に卸す部数を水増しするというものです。新聞社が販売店に押し付けるので、「押し紙」というわけです。たとえば、2000部の実売部数がある販売店に200部の押し紙をすると、販売店は、売り上げを見込めない200部を含めた購入代金を2200部の代金を新聞社に納めます。新聞社からすれば、実売部数ですから、公表した数字にウソはない、ということになりますし、売り上げも増加します。

販売店にとっては、実際の売り上げ代金で、押し紙を買うことになるので、損失になりますが、販売店の利益である織り込み広告の収入は、販売部数に応じていますから、そこからの利益も見込めるし、売り上げ増による奨励金などが新聞社から出るので、それなりのメリットもあります。新聞社にとっては、部数を大きく見せることで、ステイタスを高めることができますし、何よりも、部数を基礎とした広告収入を大きくすることができます。

新聞記者だった私がこうした事実を知り得たか、というと、販売担当ではないので、知りえる立場にはいませんでした。しかし、販売関係の友人や知り合いからは、こうした話を聞いていましたから、いわば社員の常識として、こうした話を知っていました。宮崎駿監督の『千と千尋の神隠し』という映画が話題になったころ、販売関係の友人が、新聞業界がやっていることは「千とちょっとの紙隠し」と自嘲していました。新聞社全体で「千」ならたいしたことはありませんが、販売店ごととなれば、大変な数字になります。

「業界の正常化」という言葉が何度も言われましたから、こうした悪習もだいぶ改善されて」いるとは思いますが、「他社もやっている」という意識がこうした不正をはびこらせてきたのだと思います。「不正」だと言うのは、新聞に折り込み広告を入れたり、新聞広告を出したりする企業にとっては、表向きの数字を信じて正規の代金を支払えば、実際よりも損をすることになるからです。

燃費偽装は、押し紙と違って、業界全体の悪習ではなく、三菱自動車だけの悪弊だったと思いますが、内部告発もないままに長期間、偽装が放置されてきたということは、社内で悪いことだと言う意識が希薄だったのではないでしょうか。消費者も甘く見られたものです。

今回の偽装事件で、印象的だったのは、社内での数字の独り歩きです。業界トップの燃費だと言えるようにするためだといって、経営側は開発側に求める燃費の目標をどんどん引き上げる一方、開発側もそれに応えるために、ウソの数字を積み上げることになり、標準とは異なる計測基準を使い続けた、というわけです。新聞社の押し紙と同じで、ウソの数字の上に、努力を積み上げるわけですから、「正常化」にようとすると、数字を大きく変更することになり、それまでの「努力」が水の泡となるわけで、ずるずると不正を続けることになったのでしょう。

それにしても、なぜ燃費という数字に、ここまでこだわるのでしょうか。燃費が販売を決める重要な要素であることは当たり前ですが、「軽自動車でトップ」も「軽自動車でトップクラス」でも、いいように思います。「なぜ、二番じゃだめなんですか」といいたくなります。自動車には、燃費以外にも、安全性とか乗り心地とか、重要な要素はたくさんあります。それぞれで業界トップクラスをめざせばいいと思います。体操競技の内村航平選手は、個人総合では断トツの強さですが、鉄棒とかあん馬とか、ひとつひとつの競技では、必ずしもトップではありません。まさに総合力の強さなのです。自動車も消費者が求めるのは総合力だと思います。

東芝の不正会計事件でも、数字が独り歩きして、社内での目標数字を実現するために、会計の偽装が行われたと報じられています。売り上げを増やしたり、利益率を高めたりすることは、企業価値を高めることだと思いますが、株主にとっての企業への信頼感は売り上げや利益率かもしれませんが、ユーザーにとっての信頼感は、製品やサービスに対する安心感です。もともと日本の経営者は、自社の製品やサービスの質の向上を社是として、最優先にしてきたはずなのですが、いつから数字が独り歩きをするようになったのでしょうか。

1990年代に日本経済のバブルが崩壊し、それ以降、日本的経営の見直しがはじまりました。その過程で、取り入れられてきたのが米国式の経営で、「会社は株主のもの」という考え方、実績に応じて社員や会社を評価する実績主義が重要視されるようになりました。実績とは、総合点で判断すべきですが、わかりやすい売り上げとか利益の数字が次第に重視されるようになり、それが数字の独り歩きをはびこらせる原因になったように思います。

競争の激しい自動車業界では、どこも「実績」が重視され、販売台数、売上高、利益率、燃費などの数字が目標値が絶対値になったり、ノルマになったりしているのだと想像します。しかし、消費者は、燃費とか速度とか販売価格とかの数字だけにこだわっているとは思えません。三菱自動車とえいば、「パリダカ」を何度も征したパジェロが有名ですが、かっこがいい、安全、楽しそう、力強いとかの総合評価です。

トヨタ自動車の豊田章男社長の合言葉は「もっといい車を作ろうよ」だそうで、他社からは「業界のトップだから」とか「オーナー社長だから」、気軽なことを言っていると評されることもあるようです。その通りかもしれませんが、車づくりの原点である「もっといい車をつくろう」という気持ちを、どこの自動車メーカーの社員にも持ってほしいと消費者は思います。「交換価値」(マネー)よりも「使用価値」(消費者に利益)の大切さを、マネー重視の時代だからこそ、すべての企業は考えてほしい、と思います。

 


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