洋上風力は日本を救うのか、壊すのか
再生エネルギーの主役として世界で急浮上しているのが洋上風力発電です。太陽光や陸上風力の適地が少なくなっているなかで、EEZ(排他的経済水域)を含めれば、広大な適地がある洋上風力に期待が高まってきたのです。技術革新も進み、10Mワット(MW)超の巨大な発電能力を備えるものまで登場するようになりました。しかし、この洋上風力の大波に悪乗りしようとしているのが日本です。欧米では、大型の風車は沿岸から10㎞以上離れたところに設置されているのに、日本は沿岸から2㎞程度の場所に大型の風車を設置する計画を進めています。このままでは、日本の沿岸の景観が破壊されるだけでなく、騒音などによる周辺住民の健康被害も心配される事態になりそうです。
◆日本の海の景観が破壊される
上の写真は、山形県遊佐町が作成した遊佐町沖に計画されている洋上風力の景観イメージです。政府は洋上風力の発達を想定して再エネ海域利用法を2019年に制定し、洋上風力が立地できそうな海域を「促進区域」、「有望区域」、「準備区域」に指定することにしました。遊佐町沖は「促進区域」に指定された海域で、設置には町民の理解が不可欠なため、町が景観のイメージを示す目的で2023年にこの映像を提示しました。
町が仮定した洋上風力は、出力15MWの風車30基を、離岸距離1マイル(約1.8㎞)を保ちながら、10基ずつ3列に配置するというもので、風車の高さは261m、タワーは120mだと説明しています。高さ260mというと、鉄塔でいえば日本一の東京スカイツリー(634m)、2位の東京タワー(333m)に次ぎ、3位の福岡タワー(234m)を超えます。そんな風車が岸から2キロの海に30基も林立するのです。
こうした景観を人々はどう見るでしょうか。未来社会の姿だと感動する人もいるかもしれませんが、太古からの海の姿が変容したと嘆く人もいると思います。かつて山形に勤務し、庄内から見た日本海の荒々しさや美しさを記憶している私は後者です。
洋上風力を計画するときに、景観は考えないのでしょうか。名古屋大学准教授の宮脇勝さんの論文『洋上風力発電の景観に関わる「海洋計画」と「離岸距離」に関する国際比較』(2022年)を読んで驚いたのは、国が指定する「促進区域」を検討する際に、景観についての評価項目がないと指摘していたことです。環境アセスメントの段階で、景観は考慮されるようですが、国が風力の適地として「促進」する段階までに、景観についても検討されなければ、景観の保全という点で十分な歯止めにはなりません。この論文は、世界の洋上風力を調べた結果として、次のように書いています。
「2009年から2017年までに、欧米の政府は、風車の高さに関わらず、海洋計画等を用いて、12海里(約22.2㎞)の離岸距離を制限基準に用いていることが明らかになった」
欧米が岸から20㎞以上離れたところで風力を建設していて、日本もそうした規制や抑制があるのを知りながら、あえて2㎞に建てさせようというのは、行政の不作為であり、景観無視もはなはだしいと言うべきでしょう。
◆洋上発電は世界の潮流
洋上風力は、いまや世界の潮流になっています。REN21(21世紀のための自然エネルギー政策ネットワーク)の『再生可能エネルギー2024年世界状況報告書』によると、2023年の世界の発電電力量の電源構成は、化石燃料60.6%、原子力9.1%、水力14.3%、風力7.8%、太陽光5.5%、バイオ・地熱2.7%となっている。(下のグラフ参照)
自然エネルギーの比率は近年、急速に伸びています。その原動力になっているのが太陽光と並ぶ風力です。REN21によると、風力の2023年の発電能力は2014年の2.7倍にあたる1,021ギガワット(GW)で、初めてテラワット(TW)の大台に乗せました。(下のグラフ参照)
※1000キロワット(kW)=1メガワット(MW)、1000MW=1ギガワット(GW)、1000GW=1テラワット(TW)。発電量は1時間当たりの値をWhで表す。
風力のなかで、今後、拡大するとみられるのが洋上風力です。風車の大型化が進むにつれて、騒音や景観悪化、バードストライク(鳥類の衝突)などを避けるために陸上から沿岸、さらに沖合にという流れになっています。
REN21によると、2023年に新規に稼働した風力発電は117GWで、このうち洋上風力は10.9GWで、風力全体の9%にすぎませんが、各国とも洋上風力の目標を引き上げていて、EUは2040年までの洋上風力の目標を127GWから215GW以上に設定し直しました。2023年に札幌で開かれたG7環境相会議は、「G7は、2030年までに洋上風力の容量を各国の既存目標に基づき合計で150GW増加」という目標を盛り込んだコミュニケを採択しています。
◆出遅れた日本は悪戦苦闘
G7では洋上風力の増強にコミットした日本ですが、風力あるいは洋上風力の潮流を見誤ったというのか出遅れたのが日本です。国内メーカーの育成に力を入れなかったため、国際的な風力発電のメーカーが日本には存在しません。このため、機械設備は輸入に頼るしかないうえ、部品などのサプライチェーンも脆弱です。原子力と化石燃料による発電の維持と存続を国策としてきたことが洋上風力の国産化の芽をつぶしてきたのでしょう。
政府が遅ればせながら洋上風力に目を向けて、再エネ海洋利用法を制定したのは2019年、官民で「洋上風力産業ビジョン」を提示したのは2020年です。ビジョンは2040年の導入目標を30~45GW、同年における部品などサプライチェーン全体の国内調達比率を60%としました。規模ではEUなどにはるかに及ばず、部品のサプライチェーンについては目標を示しましたが、完成品メーカーの国産化については、もはやあきらめているようです。
洋上風力の設備を海外に依存すると、何が起きているかというと、輸入設備が円安で高騰しているため、計画を立てても採算の悪化が予想されることです。そして、もっと深刻なのは、海が遠浅の欧州と違って、日本は沿岸からすぐに水深が深くなるため、風車を海底に固定する着床式よりも、係留させた基盤の上に風車を建てる浮体式が求められるのに、その開発を海外に委ねているため、思うような開発や技術革新が進まないことです。(着床式と浮体式のイメージ図。「産総研マガジン」2022年11月9日より)
政府はことし再エネ海域利用法を改正して、これまで領海内だった対象区域をEEZ内に広げました。政府は経産省は2023年に洋上風力の事業者や有識者を集めて、「洋上風力の産業競争力強化に向けた浮体式産業戦略検討会」を開きました。浮体式分野の有望性を考えたからだと思いますが、いま、「選択と集中」の政治的な決断と決意をしなければ、禍根を残すことになるでしょう。
政府は、再エネ海域利用法に基づいて2020年から2023年にかけて、千葉県銚子沖、秋田県由利本荘市沖、新潟県村上市及び胎内市沖、長崎県五島市沖、山形県遊佐町沖など全国10か所を洋上風力の「促進区域」に指定し、うち8か所については事業者を選定し、2026年から2030年までに運用が開始されることになっています。前述した遊佐町沖と青森県沖(南側)については、事業者を公募中で、それぞれが環境アセスメントなどの準備作業に入り、7月に入札が終了しました。
政府は上記の「促進区域」のほかに、「有望区域」を9か所、「準備区域」を8か所、それぞれ指定しています。今後、「促進区域」での洋上風力の設置が順調に進めば、「有望区域」や「準備区域」から順次、「促進地域」に繰り上がっていくものと思われます。遊佐町沖の計画を知って、私は驚いたのですが、このままでは、風力発電のために一部の地域の景観が犠牲になるのではなく、日本全体の景観が犠牲になってしまいます。
環境破壊を考えず、しゃにむに大型の洋上風力に走る日本の姿は、海外から見れば、遅れを取り戻そうとする悪あがきだと映っているのではないでしょうか。(下の図は、国交省が作成した洋上風力の促進・有望・準備区域)
◆予想される健康被害
陸上の風車については、騒音やバードストライクが各地で問題になっています。その結果、世界的に洋上風力が増加しているのですが、日本のように離岸距離2㎞で、騒音被害はなくなるのでしょうか。
風力発電の騒音被害についての研究は少ないようですが、大分県立看護科学大学教授の影山隆之さんらの「風車のノイズと睡眠障害」についての論文(2016、原文は英語)は、説得力のある内容です。風力発電(陸上)のある地域の住民と、風車のない同じような特性の地域の住民に、睡眠障害があるかを尋ねた調査をもとにしたもので、風力がある地域の睡眠障害に有意性があるかどうかがわかる研究です。
その結論は、不眠症は騒音レベルが40デシベル(dB)を超えた地域で多いことに有意性があるとして、「風力発電が地域住民の睡眠を妨害している」と結論付けています。この音は主に風車が回るときの風切り音で、シュッ、シュッと間欠的に発生するので、平均すれば40dBという、雨がしとしと降る程度の静かな音でも、睡眠に対する有意な影響が出るわけです。
論文は「ノイズに対する敏感さや風車への視覚的な不快感に現れるような個人的な特性も影響しているようにみえる」(私訳)と書いています。たしかに、波の音や小川のせせらぎは、もっと大きな音でも、心地よく感じるかもしれませんが、巨大な風車から出ていると想像すると、眠りを妨げる不快音になってもおかしくはありません。北海道大学助教の田鎖順太さんは、論文や講演で、風力発電は100Hz以下の低周波帯の音を多く出しているので、音量だけでなく、低周波(低音)も睡眠障害に影響している可能性があると指摘しています。人間は、五感を持った生物であることを忘れてはならないと思います。
◆解決策は浮体式の洋上風力
地球温暖化の悪影響が広がっているいま、化石燃料からの脱却は、人類にとって共通の課題で、その改善策のひとつが再生可能エネルギーをふやし、化石燃料の消費を減らすことです。
しかし、「再エネ」なら、なんでも良い、というわけではありません。森林を崩して設置されるメガソーラーは、景観も含め、さまざまな環境破壊につながるとして問題になっています。太陽光発電を全否定するのではなく、周囲の環境と調和しながらふやしていくことが必要なのです。
洋上風力発電についても、四方を海に囲まれた日本は有力なエネルギー資源を持っているともいえるわけで、大いに利用すべきでしょう。しかし、沿岸の景観を破壊したり、健康被害をもたらしたりするような場所での設置は見合わせるべきでしょう。
洋上風力について、景観の破壊と睡眠障害というデメリットを指摘しましたが、そのほかにも、バードストライクの問題は、陸上から洋上になっても生じます。渡り鳥は海を越えて飛来するからです。また、魚類や水生哺乳類への影響いついても、研究ははじまったばかりです。
能登半島沖地震では、能登地方で稼働している73基の風力発電施設がすべて停止し、ブレードが折れて落下したものもあり、半数超で運転再開の見通しがたっていない、と東京新聞(2024年3月11日)は報じています。現状はだいぶ回復しているものと思いますが、風力発電が地震に強いわけではないことが証明されました。沿岸近くの海底に固定する着床式の洋上発電も、大きな地震や津波が発生すれば、影響を受けることは確実です。この点でも、日本は沿岸の着床式よりも沖合の浮体式を考えなければならないはずです。
REN21によると、浮体式の洋上風力は全体の88%が欧州ですが、米国や中国などもその開発を急いでいます。沖合の浮体式であれば、景観の阻害や騒音による健康被害はほぼなくなるはずです。
沖合の浮体式は、安定させて係留するための技術やコストも必要でしょうし、岸からの距離が遠くなるだけ送電線などのコストもかかります。「促進区域」などを指定している資源エネルギー庁と国交省が2㎞の離岸距離で、大型の洋上風力発電を「促進」させようとしているのは、現時点での技術やコストを考えてのことでしょう。
しかし、技術面でもコスト面でも効果的な浮体式が開発されば、世界に広がるマーケットで、有望な産業となるのは確実です。原子力発電に注ぎ込んできた莫大な国費のごく一部でも、浮体式に回せば、内需でも外需でも世界に冠たる洋上発電国になると思います。繰り返しますが、「選択と集中」の政治的な決意がいま求められているのです。政府が指定した洋上風力の「準備区域」には、2か所の浮体式が入っています。ここが浮体式の適地なのかどうかわかりませんが、「準備」を急ぐべきでしょう。
◆海洋空間計画(MSP)が必要
この稿の最後に提案したいことがあります。それは、欧米のように、洋上風力などの開発を促進する前に、海洋空間計画(Marine Spatial Planning=MSP)をつくることです。
MSPは、一つの海域を利用する多様なステークホルダー(利害関係者)が互いの立場を尊重しながら、合意形成をしていくプロセスです。地方・中央の政府機関、漁業者、事業者、環境団体、地域住民、研究者などがステークホルダーとして、洋上風力などの開発エリアを設定するのです。欧米各国は、このMSPで、「開発エリア」や「環境保護エリア」など策定しているので、洋上風力の事業者は「開発エリア」での事業を計画することになります。
日本は資源エネルギーと国交省という開発優先の役所が「促進区域」を決めていますが、これでは、海洋のステーキホルダーである漁業者や住民などの声が十分に反映しない仕組みになっています。これでは、はじめに開発ありき、の計画になってしまいます。
北海道の石狩湾では、今年1月にグリーンパワー石狩が8MWの大型風車を採用した14基の洋上風力発電の操業をはじめました。設置区域は、港湾地帯の石狩新港となっていますが、現地を視察した山形県鶴岡市の草島進一市議が撮影した映像によると、港内だけではなく近くの海岸からも、林立する洋上風力が大きく写っています。石狩湾は、「促進区域」の次の「有望区域」となっているため、はやくも多くの事業者が大規模な洋上発電の計画を立案中で、「促進区域」への格上げを準備しています。若狭湾沿岸は15基の原発が並び、原発銀座と呼ばれていますが、計画が進めば、石狩湾は洋上風力銀座になりそうです。(下の写真は草島進一氏が2024年7月に撮影した石狩湾の洋上風力)
洋上風力は、日本の未来社会であり未来産業だと思います。しかし、全体の利益のために一部の地域を犠牲にするようなやりかたを進めれば、それは原発の立地と同じようなことになりかねないと思います。いまが立ち止まって考え直す最後の時期だと思います。
(冒頭の写真は、遊佐町が作成した洋上風力のイメージ)
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住友商事と日揮などが企業連合を組み、洋上風力の基幹部品である「浮体」を量産する体制をつくる、という記事を7月23日の日本経済新聞が報じました。浮体部分は、いわば船ですから、日本の得意分野ですね。