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是枝監督の長編デビュー作『幻の光』を観る

2024.07.13 Sat

是枝裕和監督の長編映画のデビュー作となった1995年公開の『幻の光』が29年ぶりにリバイバル上映されます。能登半島の輪島が舞台になっていることから、「能登半島地震 輪島支援」として企画されたもの。8月2日からの公開に先立って、日本記者クラブで行われた試写会でこの映画を鑑賞しました。日本海に突き出た半島の漁村で、ときにはあっという間に変化する天候や景色を巧みに捉えた映像に圧倒されながら、家族の「喪失と再生」のドラマをじっくりと味わいました。

 

映画の原作は、芥川賞作家の宮本輝が1979年に書いた同名小説です。愛する夫の唐突の死を受け入れられないまま、再婚するため関西から奥能登に移り住む女性が主人公です。映画では、ファッションモデルだった江角マキコが心の葛藤を隠しながら、新しい夫との暮らしに慣れていこうとする主人公を演じています。俳優としてのデビュー作だったそうです。(写真は、主人公を演じる江角マキコ)

江角のほかの配役をみると、主人公の夫が内藤剛志、夫の父が柄本明、死んだ前夫が浅野忠信、主人公の父が大杉漣、母が木内みどりなど、今からみると豪華な顔ぶれです。江角は引退、大杉と木内は他界しましたが、柄本、内藤、浅野は現在も活躍しています。俳優たちのその後を思い浮かべながら、30年前の映像を見るのは、リバイバル映画の楽しみでもあります。(写真は、輪島での家族を演じる内藤剛志、柄本明、江角マキコ)

映画に誘われて原作を読みました。主人公は、心のなかで、鉄道自殺した夫に「なぜ」と問い続けます。真相はわかるはずもないのですが、能登の海が教えた答えは光でした。

 

「ほれ、また光りだした。風とお日さんの混ざり具合で、突然あんなふうに海の一角が光り始めるんや。ひょっとしたらあんたも、あの夜レールの彼方に、あれとよく似た光を見てたのかも知れへん」

 

この小説を読んで、「禍福は糾(あざな)える縄の如し」という言葉が浮かびました。禍福は気まぐれに訪れるけれど、どちらも縄にあざなっていくしかないのです。次のように書かれた能登の気候は、人生の流転そのものです。

 

「奥能登の天気は気まぐれで、いま気持よう晴れてたかと思うと、にわかに雲と波がふくれあがってきて、あたりを夜みたいに変えてしまう」

 

映画の物語は原作をなぞっていますが、映像は原作以上に「気まぐれな能登の天気」を伝えています。それを象徴するのが葬列に雪が舞う場面です。あまりの美しさにCGではないかと思ったのですが、試写会後の記者会見の場で発言したこの映画のカメラマンである中堀正夫さんの言葉で、なるほどと納得しました。葬列の映像だったので、荒れた天気を期待していたが、どピーカンの天気だったので、空が暗くなる夕方まで待とうかということになったとき、突然、雪が降り始めたというのです。

 

「映画の神様が降りてきた」

 

そう思ったそうです。神の降臨ですから、是枝監督には怒られそうですが、この場面だけでも見る価値がある、と私は思いました。(写真は、葬列に雪が舞うシーン

上述の会見で、この映画を企画したプロデューサーの合津直枝さんは、当初、国内での評価は高くなかったが、この年(1995年)のヴェネチア国際映画祭で、中堀さんが撮影賞(金のオゼッラ賞)を獲ったことから、一転して評価されるようになり、映画もヒットした、と明かしていました。映画の神様はヴェネチアまでついてきたことなります。

 

合津さんによると、1992年に原作者の宮本さんから映画権を得たものの資金や配給のめどが立たず、あきらめかけて能登半島を回り、輪島市の観光協会に立ち寄って、映画の話をしたところ、協会の事務局長だった本田晴夫さんが応援を約束してくれたことで、映画化に踏み切ったそうです。本田さんから、ロケ地となる漁村として、原作の輪島市町野町の曽々木海岸よりも南にあたる輪島市鵜入町を紹介され、主人公が住む家となる廃屋を改修する大工さんも紹介してもらったそうです。(試写会後の会見で語る合津直枝さん=7月12日、日本記者クラブで高成田恵撮影)

 

「輪島の人たちの応援がなければ、この映画はできなかった」という合津さんは、ことしの正月に起きた能登半島地震のあと、復興に役立つことをできないかと考えた末、映画を再上映し、その収益金を輪島市に届けることにしたと、今回の企画について語りました。

「輪島の美しさを多くの人に観てもらうことも、喪失と再生という映画のテーマも復興に役立つと考えました」

この映画では、輪島の朝市の場面も写されています。撮影には、朝市組合が全面的に協力したそうです。記録としての映画の大切さを示すものです。と同時に、あの朝市を復活させたい、という思いを多くの人々に伝えるものにもなりそうです。(写真は、輪島の朝市の場面)

映画のロケ地や制作に協力した人たちのその後はどうなっているのでしょうか。7月1日の朝日新聞夕刊に「29年前 是枝監督の長編映画デビュー舞台に」「変わった輪島 変わらぬ思い」という記者の記事が掲載されました。その記事によると、ロケ地の鵜入港は、「護岸には地震による白い隆起の跡がある」とあり、地域全体が隆起したようです。また、合津さんの話を聞いた記者が観光協会の本田さんと大工の坂下久造さんを捜したところ、ふたりともすでに亡くなっていました。(写真は、『幻の光』のロケ地を報じた朝日新聞の紙面

合津さんが坂下さんの妻であるまさ子さんに電話をして、鵜入の様子を尋ねたところ、この地域では倒壊した家がなく、「久造さんの建てた家だから倒れなかった」と言われているとのこと、本田さんの妻の由美子さんに連絡すると、夫のことを覚えていてくれてうれしいと話していたそうです。坂下さんからは、坂下さんが育てたジャガイモを送ってくれたそうで、「薄皮のやさしい味だった」。リバイバル映画にまつわる物語もドラマのようでした。

 

映画『幻の光』」は、8月2日から、Bunkamuraル・シネマ渋谷宮下などで上映される予定。

 

(冒頭及び本文中の映画の写真は、すべて© 1995 TV MAN UNION)


この記事のコメント

  1. 匿名 より:

    リバイバル上映を力強くあと推しする投稿、ありがとうございました。再生を願う活動が更に広がるよう、努めてまいります。(テレビマンユニオン 合津直枝)

  2. 高成田 享 より:

    合津さん、ありがとうございます。上映館は全国に広がりそうだとうかがいました。復興支援という意味でも興業の成功を祈ります。

  3. 匿名 より:

    ありがとうございます!
    あのジャガイモは、坂下まさ子さんが鵜入の土で育てたものです。私の話し方がうまくなくて失礼しました。薄皮のやさしいお味でした。(テレビマンユニオン合津直枝)

  4. 高成田 享 より:

    ジャガイモの送り主、間違えました。訂正しました。すみませんでした。

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