広島サミットで語られるもの
G7広島サミットが19日から21日まで開かれます。G7のメンバーである主要7か国の首脳に加え、インドや韓国など10か国の招待国の首脳、国連などの招待国際機関の代表などが集う国際的な大規模イベントになります。ウクライナのゼレンスキー大統領もオンラインで参加する予定です。
それぞれの首脳にとってサミットは、自分が世界のリーダーのひとりであることを自国民に訴える絶好の機会になりそうですが、これが世界にとって本当に役立つ会合になるかどうかは別です。取り上げられるさまざまな問題について、世界の平和と安定に貢献するという観点から首脳たちがどれだけ真剣に議論し、その結果を実行するかが大事だからです。主催国日本の岸田首相は、その舵取り役ということになりますが、はたして漂流や座礁することなく、適切な航路を進めることができるのでしょうか。
◎ウクライナ問題
G7第1の課題はウクライナでしょう。ロシアによるウクライナへの侵略と多くの市民への殺戮をどう止めるかは、G7に限らず国際社会の責務です。戦争が長引くなかで、ウクライナへの「支援疲れ」の動きも出てきそうですから、G7がウクライナ支援を再確認することは必要でしょう。(下の写真はキエフでゼレンスキー大統領と握手する岸田首相=官邸のHP)
それと同時に、ロシアに対する経済制裁をより実効性のあるものにすることも必要です。首脳会議に先立つ外相会合では、ロシアへの武器供与やロシアからの原油輸入などで、ロシアを助けている国、助けようとしている国をけん制するため、共同コミュニケでは、「第三者に対してロシアの戦争への支援を停止するように求め、そうしなければ深刻なコストに直面することになる」ことを表明しました。
ロシアとの「制限のない友好」を約束している中国は、ロシアとの貿易を拡大させることで、ロシアを経済面で助けています。この中ロ関係を武器供与にまで発展させないためには、どうしたらよいのか、首脳たちが戦略的な観点から話し合うことが大事だと思います。
フランスのマクロン大統領は4月に訪中し、ウクライナ和平の仲介役として中国が和平にコミットすることへの期待を示す一方で、中国との経済関係の拡大をはかることを表明しました。G7の結束を乱したとか、抜け駆けとかの批判が出たのは当然ですが、G7が経済や安全保障で、中国への包囲網や敵視策を強めれば、中国をロシア側に追いやることになりかねません。“マクロン戦略”は、G7として検討すべきものだと思います。
ウクライナ戦争の勃発は、米国を中心とするG7の反イラン政策を見直す機会だと思いました。ロシアの石油輸出に待ったをかけるのなら、イランの石油を国際市場に取り込むことが不可欠だと思ったからです。しかし、イラン政策を変えなかったことで、イランはロシアへの武器供与国となり、中国と仲介で断行していたサウジアラビアとの関係も修復しました。イスラム世界を分断させているスンニー派のサウジとシーア派のイランとの和解は、米国の影響力が低下する中東情勢の象徴となりました。(下の写真は、中国の仲介によるサウジとイランの和解を報じるCNNのウエブ画面)
インドに対してG7は、「自由で開かれたインド太平洋」(FOIP)を重視するため、ロシアから大量の原油を輸入していることについて問題視をしていないように見えます。せっかく、G7の拡大会合にインドのモディ首相を招いているのですから、ロシア原油の第三国への転売を自粛するよう求めてもいいのではないでしょうか。ロシアへの経済制裁の実効性を高めることは、戦争を終わらせるのに役立つはずです。
◎グローバルサウス
G7を主催する日本がサミットの重要課題の視点として掲げているのが、ウクライナ問題を念頭に置いた「法の支配に基づく国際秩序の堅持」とともに、「グローバルサウスへの関与の強化」です。グローバルサウスというのは聞き慣れない言葉ですが、冷戦後のグローバル化以降の新興国と途上国を指すようです。本来は、グローバル化の恩恵に浴していない国や地域といった意味で、これまでも南北問題といった言葉で議論されてきた問題の延長線上にあるものだったと思います。
しかし、今回のサミットでグローバルサウスという視点が出てきたのは、地政学的な理由からだと思います。BRICSに代表される新興経済国の政治的経済的な影響力がましています。BRICS(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)は、グローバル化の波で急成長してきましたが、近年は、この5か国が首脳会議を開くなど、ひとつの政治勢力という様相も見せはじめています。ロシアのウクライナからの撤退を求める2度にわたる国連決議では、ブラジルを除くインド、中国、南アフリカの3か国が同じBRICS仲間のロシアに配慮するかのように棄権票を投じています。ロシア撤退決議には賛成票を投じたブラジルも、ウクライナ戦争には「中立」を表明するなど、ロシアには一定の理解を示しています。
BRICSはそれぞれの地域でのグローバルサウスの旗振り役という意識もあるようで、インドはことし1月、「グローバルサウスの声サミット」と題する途上国間の会合をオンラインで開きました。G7としても、途上国への関与の姿勢を示すためにグローバルサウスの問題を取り上げないと、BRICS側からの途上国への関与がますます大きくなるという危機感が出ているのでしょう。
今回のサミットにインドのモディ首相とブラジルのルラ大統領を招いたのは、BRICSのなかで、2人を呼ぶことで、ロシアや中国との間にくさびを入れる狙いもあると思います。また、アフリカ連合の議長国であるコモロのアザリ大統領、ASEAN議長国であるインドネシアのジョコ大統領を拡大会合に招いたのは、アフリカやアジアの途上国の声をG7として聞こうというのでしょう。
世界のGDPに占めるG7の比率は2000年には65%だったのが2022年には44%まで低下しています。一方、BRICSは2000年には8%だったシェアが2022年には26%になっています。ロシアへの経済制裁でも、途上国援助でも、G7を中心とする西側諸国だけがプレイヤーではなくなっています。G7がグローバルサウスに対して存在感を示すには、エネルギー、食料、環境などの問題に、G7がどれだけ真剣に取り組もうとしているのかの姿勢を示すことが重要です。
気候変動をめぐっては、ウクライナ戦争によるエネルギー価格の高騰から石炭回帰の動きが出ています。今回のサミットには、太平洋諸島フォーラムの議長国であるクック諸島のブラウン首相が招待されています。地球温暖化による海面上昇に直面している国々に対して、石炭火力の縮小に消極的な日本の姿勢は、どう映っているでしょうか。
また、ブラジルはアマゾンの環境破壊を防止するためアマゾン基金を設け、米国、ドイツ、ノルウェーなどが拠出を表明しています。G7としてのコミットも必要だと思います。岸田首相はゴールデンウィークにエジプト、ケニアなどアフリカ諸国を訪問し、総額5億ドルの資金協力を約束しましたが、G7としても、最貧国が多いアフリカに対しての援助を強める姿勢を示すことが必要でしょう。いまさらですが、岸田首相は直前に訪問したエジプトのエルシーシ大統領をなぜ、G7拡大会合に招待しなかったのでしょうか。(下の写真は、アマゾンの森林破壊を報じるグリーンピースのウェブニュース)
◎自由で開かれたインド太平洋(FOIP)
日本政府がG7の重要課題として日本政府が挙げた項目には、「自由で開かれたインド太平洋に関するG7の連携を確認・強化する」という文言があります。「自由で開かれた太平洋」というのは、聞こえはいいのですが、実際はアジア太平洋への進出をはかる中国を抑え込もうというのが狙いで、広島サミットでは、この旗のもとでのG7の結束を誇示しようという狙いもあるのでしょう。
しかし、台湾海峡の荒波に身を投じようとしている太平洋国家の米日と、大西洋に近い欧州とは明らかに温度差がありますし、フランスのマクロン大統領は、訪中後の帰国途上の米欧の記者との会見で、「欧州は、自分たちとは関係のない台湾をめぐる危機に巻き込まれてはならない」とまで発言しました。「失言」だと批判されましたが、「本音」でしょう。
拡大会合に参加する韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領、豪州のアルバニージー首相は、FOIPを支持するでしょう。しかし、インドネシアのジョコ大統領はどうでしょうか。ASEANの2020年の貿易額をみると、域内貿易21%、中国19%、米国11%、EU8%、日本8%で、中国の貿易額は米国やEU、日本を圧倒しています。拡大会合で、FOIPが話題になっても、ASEANの議長国が中国を敵視するような旗をかつぐようなことをするとは思えません。(下の写真は訪韓した岸田首相と握手する尹錫悦大統領)
国境問題で中国と対立するインドは、FOIPの旗手のひとりですが、軍事的な緊張を高めるようなFOIPには消極的で、台湾有事で臨戦態勢に入る米日とは一線を画しているようです。インドは、BRICSでは、中国と協調姿勢を示していることも忘れるわけにはいきません。
◎核なき世界
岸田首相は昨年の8月6日、広島の平和祈念式典で、「77年前の惨禍を繰り返してはいけない。これは、唯一の被爆国である我が国の責務であり、被爆地広島出身の総理大臣としてとしの私の誓いです」としたうえで、次のように語りました。
「核兵器による威嚇が行われ、核兵器の使用すらも現実の問題として顕在化し、『核兵器のない世界』への機運が後退していると言われている今こそ、広島の地から、私は、『核兵器使用の惨禍を繰り返してはならない』と、声を大にして、世界の人々に訴えます」
G7広島サミットで、岸田首相が世界に訴えたいのは、「核のない世界」への前進でしょう。事前の各国との調整で日本政府は、岸田首相がサミットに集まる世界各国のリーダーたちを原爆資料館に案内することの実現にこだわったと伝えられています。首脳宣言とは別に、核についての共同声明も出す方向だと報じられています。
日本が核兵器禁止条約に署名せず、会議にオブザーバーも派遣しないなど、核廃絶を願う人々からは、日本の本気度を疑われています。しかし、ウクライナ戦争で核兵器の使用が現実味を帯びてきた今、サミットに集う首脳たちに、少しでも広島の惨禍を記憶させることは、日本でサミットを開催する意味があることだと思います。
岸田首相を特集した米タイム誌の表紙(上の写真)には、「日本の選択」という見出しの下に、本文の前書きとなる次のような記述があり、日本国内で論議を呼んでいます。
「岸田首相は、何十年もの平和主義を放棄し、自国を真の軍事大国(ミリタリーパワー)にしたいと望んでいる」
岸田首相が「平和主義」を捨てたとは思いたくありませんが、防衛費を大幅に増額し、防衛費では米、中に次ぐ世界第3位の「軍事大国」にしようというのですから、平和主義を捨てたというのはひとつの見方でしょう。同誌の記事の最後は、次のように書かれています。
「広島での岸田首相の使命は、街の焼け焦げた跡と折り鶴に焦点を当て続けることです。死者に語らせるのです」
岸田首相が各国の首脳たちに原爆の死者への想いを熱く語れば、平和主義を捨てたとの「誤解」は解けるかもしれません。
◎メディアの視線
私が取材記者用のプレスパスを首からぶら下げ、初めて取材したサミットは1987年のベネチア・サミットでした。米国駐在だったので、レーガン大統領の同行記者団に入り、大統領の演説や会見を記事にしました。
それから何度もサミット取材に加わりましたが、東京からの指令は、いつも「紙を取れ」でした。紙とは、サミットの首脳宣言のことです。私の取材力では抜けるはずもないのですが、アリバイ作りであちこち回った記憶があります。サミットが終わり、日本の新聞を見ると、首脳宣言を軸にサミットで合意された内容が書かれています。一方、米国の新聞を見ると、首脳宣言などには目もくれず、首脳会議では、どんな問題で議論が白熱し、首脳たちが何を言ったのかが書かれています。首脳たちのドラマとしてのG7です。
サミットは、主要国の首脳が胸襟を開いて、世界が抱える問題を話し合うのだから、その肉声にサミットの意味はあるのだ、ということでしょう。日本の新聞に言わせれば、世界が直面する問題について、各国が半年以上もかけて協調できる政策をまとめてきたのだから、首脳宣言にこそサミットの意味はあるということでしょう。
サミットは、首脳同士が互いの力量を値踏みしたり、信頼できる相手かを確かめたりする場ですが、一方で、西側諸国の政策協調の場でもあります。米国型の取材にも、日本型の取材にも道理はあると思いますが、読んで面白いのは、米国の新聞でした。
日本の記者がいまも“紙取り合戦”を続けるとは思いませんが、首脳たちの肉声にどれだけ迫っているのかとなると、いまも首脳宣言重視の取材になっているのではないかと思います。G7の課題とは別に、そんな観点からもG7を追ってみたいと思います。
(冒頭の写真は官邸のHPから)
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“紙取り合戦”日本の新聞の間違った過当競争の弊害ですね。どっちみち発表されるものを半日早く書いても大した意味はない。