映画「秘密」と、脳内の世界
映画「秘密」と、脳内の世界
平成28年8月 仲津 真治
この程、興味があって、「秘密」(英語題 THE TOP SECRET)と言う「松竹映画」を鑑賞して来ました。フィクション映画です。話の筋立ては、人の脳から記憶を映像で取り出し、それで秘密を明らかにして、犯罪捜査に役立てると言う物語なのです。
そんな事はあり得ないと思いますし、現にないのですが、それはそれで面白いお話になっていました。「清水玲子」なる人が原作者で作品は漫画の由、映画化された世界では、国際会議のシーンもあって、外国人も日本人も滑らかな英語を使うところがありました。最近では邦画でもこのタイプの英語使用の例が結構出て来ています。
そして、伝えられるところでは、脳科学者「茂木健一郎氏」が、「医学や技術の進歩により、遠くない将来、そういう事が可能となり、起こり得る。」と語っていると言うではありませんか。斯くて、俄然関心が出てきまして、時間を見つけ、暑い中、劇場に足を運んで参りました。以下、幾つかの印象を記します。
1 それは「MRI捜査」呼ばれ、近未来タイプと言うより、意外と現実の世界に近かった
主人公はエリート警察官で、実在する「警察庁科学警察研究所」に置かれているとされる「法医第九研究室(通称「第九」という架空の組織)」の「薪(まき)」と言う室長です。 (因みに、ここに「第九」とは、ベートーベン作曲の有名な交響曲とは何の関係も有りません。現に、主題曲にもバックの音楽にも、この交響曲は一切登場して参りません。ただ、しばしば「第九」と言う名称がセリフなどに出てきますので、そうした合唱団に属している筆者からすると、その度に変な感じがしたことは確かです。)
もう一人の主人公は同じくエリート警察官の「青木」と言い、室長の「薪」の後輩でした。「薪」は発生した家庭内殺人事件の異様性と複雑性から、優秀な「青木」の力を引き出そうと第九室に異動させたのでした。
こうしたエリート警察官に対して、事態が他の事件との関わりを疑われ始めたので、かつて、その「他の事件」を担当した「眞鍋」と言う、たたき上げの刑事が、この件の捜査に引っ張り込まれました。この「眞鍋」やその部下「山路」の存在は、警察組織に現れる、この人の世の泥臭さや現実性を匂わせていました。対する薪や青木の描かれ方は、やや架空性が強すぎる印象でしたね。
2 近未来型に近い法医学解剖室
検死体の頭蓋内から脳髄を取り出して、諸回路を繋ぎ、そこに残されている映像やイメージを取り出すと言う設定で描かれる場面は、法医学の解剖室でした。実際、そうした部屋や諸装置をセットで作っており、実にそれらしく出来ていました。それは、さる医学部の研究室の指導とチェックを受けた由です。そこには近未来のイメージがあり、進んだMRIの設備が設置され、諸回路などとともに、検死体と「稼働する医学的諸装置」が繋がっていました。これで、MRI捜査なる調査が行われ、他人の脳を覗き見ると言う訳です。
3 現実に、パソコンなどが並び、オンライン化されている会議室に近いイメージの監視室・・・それは解剖室に近接して設置されている模様
この監視室には捜査官や専門家などが陣取り、解剖室て写される検体の画像を追っかけて、つまり、他人の脳内を眺め見て、何が起きたか、どんな体験の記憶が把持されているのか、変形が有るのかなどをチェックすると言う分けです。MRI捜査のポイントが将に此処にあります。
4 映画では、原作と異なり、生きている人を介在させる
大友啓史監督は、ここで一段の飛躍を試みたようです。
それは、つまり、検死体の脳を監視室でMRI画像により検分するするだけでなく、例えば事件に詳しい捜査官とも諸回路を繋ぎ、懸かる他人脳内検分・探検を当捜査官自身にさせ、事実、真相の解明に役立てようとしたものです。現に「薪」自身がその当事者となり、鮮烈な体験をし、事態は進展、真実が明らかになって行きます。
5 他人の意識・感情などを直接体験できるか?
さて、ここで疑問が湧いてきます。検体に加えて、捜査官などの第三者も諸回路が繋げられ、検体脳の検分をしたとした場合、その第三者は検体脳の意識や感情も直接体験することになるのでしょうか。
それに根本的な前提は、検体が死者と言う事です。
まず、被験者が生体としたらどうなるのでしょう。生者を解剖するのではなく、犯罪捜査などのやむを得ざる必要が有って、生きている被疑者をMRI捜査の対象とする場合に、第三者が加わったしたら、その人はMRI装置を通じて、被疑者の意識・感情を直接体験することになるのでしょうか。他人の意識は直接体験できないとされていますが、こうした事が可能となり、使用されるとなると、この基本的な命題にぶつかる事になります。大きな課題です。
6 死者から記憶などが取り出せるか?
次に、この原作や映画は、死者や死体からでもMRI等で記憶情報などを取り出せると言う前提で出来ています。
しかし、そもそも、そんなことが可能なのでしょうか。
人は死ぬと、直ちに血液やリンパなどの循環が止まり、人体を構成している諸細胞は
長くて三~四分内に死滅すると言います。その僅かな時間内に、一気に冷凍保存し、死亡時の原状に留め置いて、後でMRI等で記憶にアクセスする事など、可能なのでしょうか。映画では、そのようにして保全されたと思われる遺体の脳から、記憶を取り出す場面が出てきますが、それは、通常に死後遺体を解剖するのとは基本的に異なる課題と思われます。
これについて専門家は死者ではまず無理と見ているのが通常のようです。 端的にと言うと、諸細胞が死滅せる死体となりますと、第一に記憶再生の電気信号の再生などがもともと出来なくなっているからと申します。
7 生きている脳へのアプローチ
他方、研究は猛烈に進んでいて、生きている人間を対象に、「その人が見たものについて、その人の反応する脳の領域を画像化する」という技術が既に登場している由です。将に他者の意識世界をサイドから垣間見ると言う感じですが、斯くも研究は進んでいるようですね。だからこそ、この原作のような漫画物語が登場し、それが迫力或る映画へと発展しているのでしょう。
8 映画が提起する、興味有る世界:犬は何を見たか?
ここで、付言しますと、犬などの動物の見ている世界は人と随分違うと申します。でも、犯人へのアクセスの一環として、犬(盲導犬)が被害に遭い、盲人の被害者とともに犠牲になると言うシーンが描かれていました。 盲人は見えていませんから、映像の記憶が残りませんが、人とは異なるとは言え、見えている犬には犯人像が残ったのです。斯くて、MRIに工夫が施され、犬の見た現場の場面が再生されていました。低い犬のアングルからの、犬の記憶像が映っていたのです。実に、興味有るシーンでした。
ただ、それは通常の天然色でしたが、学者に依れば、犬の眼には色彩がほとんど無く、青の濃淡で世界を見ていると申します。この辺りをどう理解したら良いのか、良く分かりません。其処については、機会が在れば、映画製作者に確かめたいところです。
ともあれ、大変面白く、変化の多い、且つ問題提起型の映画ですので、関心在る型は是非お近くの劇場へどうぞと存じます。
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