備忘録(8)五輪不正の核心はガバナンスの欠如
東京五輪・パラリンピックの競技運営業務をめぐる談合疑惑を捜査していた東京地検特捜部が大会組織委員会や電通の幹部らを独占禁止法違反の疑いで逮捕しました。さまざまな会場に分かれて開催された大会の運営業務の入札で、それぞれの会場に1社しか応札しないように調整をしたとみられています。
東京五輪をめぐっては、すでに組織委理事で電通の専務だった高橋治之被告が贈収賄の容疑で逮捕され、起訴されています。オリンピックは、1兆円を超える大型イベントですから、うまい汁を吸おうという企業や個人が群がるのは自然のことです。なかには、不正な手段を使ったり、私腹を肥やそうとしたりする個人や企業が出てくるのも当然のことでしょう。
違法な行為で利益を得ようとした企業や個人が捜査機関に摘発され、罰せられるのも当然のことで、東京地検特捜部の捜査は大いに評価されるべきだと思います。贈収賄事件では、闇の資金が政治家に渡ったのではないかという憶測が流れましたが、疑惑がなかったのか、立憲が難しかったのか、政治家ルートの摘発はありませんでした。
私たちは、特捜の捜査が五輪の闇を解明することに期待していますが、この問題の始末を特捜だけに任せていいとは思いません。というのは、五輪の汚職や談合問題の本質は、組織委のガバナンスの問題だからです。五輪という甘い蜜に群がる企業や個人が不正を行わないようにするのが組織委のガバナンスです。
組織委の最高責任者は会長で、当初は森喜朗氏、女性蔑視発言で森氏が退いたあとは、橋本聖子氏です。一連の事件の責任は、五輪開催に深くかかわっていた森氏にあるのは明らかで、橋本氏も含め、会長への責任が問われていないのは、五輪不正はガバナンスの問題だという世の中の認識や意識が薄いせいでしょう。
さらに、実務の責任者としてガバナンスの失敗の責任を問われなければならないのは組織委事務総長だった武藤敏郎氏です。贈収賄事件で、理事だった高橋被告は五輪スポンサーの資格を安売りして、その手数料を自分のポケットに入れていたことが問われています。事務総長は、五輪スポンサーの資格が内部の相場よりも大幅に値下げして、売られていたことを知っていたはずですから、ガバナンスの責任者としては、その事情を調べたり、相手側に尋ねたりする必要があったと思います。
また、各競技場の運営業務についても、不正が起きないように、テスト大会の入札について、各会場への応札が1社しかないとわかった時点で、談合を疑い、本契約では、随意契約ではなく入札にするなどの防止措置をとることができたはずです。五輪のスポンサー契約や競技運営の入札などで、不正疑惑の情報は事務総長のもとに入っていたと思いますし、入っていなかったとすれば、事務方の責任者としての能力が問われます。
武藤氏は、大蔵省(現財務省)の事務次官のあと日銀副総裁となり、総裁の本命候補でしたが、国会の同意が得られませんでした。その後、大和総研理事長となり、2014年からは組織委の事務総長も兼ねることになりました。その間、武藤氏は「大蔵省のドン」と呼ばれ、財政政策や財務省の人事に大きな影響力を発揮してきたと思われます。
武藤氏を組織委に引っ張ってきたのは森氏でしょう。「大蔵省のドン」を組織委にいれておけば、予算が足りなくなったときなどに、国からの支援を得やすいという計算が働いたのでしょう。実際、コロナの流行で、五輪の開催は1年遅れ、コロナ対策を含めて予算が足りなくなりましたが、国、東京都、スポンサー企業などが追加支援をすることで開催にこぎつけました。武藤氏の実力が生かされたのだと思います。
しかし、だからといって、一連の五輪不正事件の責任を免れることはできないと思います。武藤氏自身が不正にかかわったとは、だれも思っていないと思います。武藤氏の人柄もありますが、不正に手を染めるにはあまりにも経歴が立派過ぎるからです。武藤氏が不正を防がなかったのは、それまで大蔵省や日銀などのエリート集団に君臨していたため、五輪開催のような密に群がる商売人を押さえる術を知らなかったというかもしれません。その意味では、組織委の事務総長という役回りには、不適格だったと思います。
五輪をめぐる不正疑惑を、事件だけではなく、公的な非営利組織のガバナンスの問題としてとらえ直すことが必要です。
(冒頭の写真は、組織委幹部の逮捕を報じる2023年2月9日の朝日新聞1面)
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