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#MeToo運動につながる調査報道“再現ドラマ” SHE SAID

2023.02.08 Wed

 映画「SHE SAID」を見ました。

◇コロナのおかげ 無人の新聞社でロケ

 #MeToo 運動につながったニューヨーク・タイムズ(NYT)の調査報道を描いたものです。なんと、コロナ禍で記者が出社していないのが幸いして、本物のオフィスでぞんぶんにロケ撮影ができたとのこと。出演者よりも、オフィスが気になって様子を見たのですが、大部屋にデスクを並べて、おおぜいの記者がパソコン画面をにらんでいるという情景でした。日本の新聞社はもとより、一般の企業のオフィスと変わらない印象でした。

◇電話(音声通話)が必須

 記者役の女優は、映画化にあたって、記者の具体的行動について仔細にわたって確認したそうです。映画館で求めたパンフレット(プログラム)にそう書かれていました。情報源の相手に会うときに何を持って行くか、パソコンとか。ボイスレコーダーはテーブルの上に置くか、ノートは開くか、それとも覚えていて帰宅してから書き起こすか、などです。もちろん、映画では数多くの取材シーンの一部しか再現してないでしょうが、その限りでは、相手の目の前では、基本的に何も出さなかったように思います。(以下、映画の画面からわかる以外の情報はパンフレットによる。)

 

 メディア論的な関心から印象的だったのは、意外にもというか、やはりというか、電話(音声通話)の役割がとても大きいことです。取材相手とのやりとりは圧倒的に電話で、たいていスマホを使っています。メールやチャット全盛の時代ではありますが、心を閉ざしている人にあたるのですから、考えてみればあたりまえです。取材相手にアポ無しで会いに行って、もし話す気になったら電話を寄越してほしいと依頼するのですが、そのときに名刺を渡したのか、紙片のメモを渡したのかまではわかりませんでした。

 もちろん、記者同士や外部専門家とのやりとりにおいてはメールをおおいに活用しているようです。

◇大物映画プロデューサーによる性暴力事件を追究するふたりの記者

 さて、内容です。映画界に君臨する権力者の性暴力が何十年もの間続いたのは、本人の狡猾さだけでなく、映画界の隠蔽体質や、加害者を守る法のシステムも作用しているといいます。それらの壁をどうしたら越えられるか。幼子を抱える母でもあるふたりの記者は、夫の協力もあって、なんとか私生活とのバランスをとって前に進みます。

 記者ミーガン・トゥーイーとジョディ・カンターを演ずるふたりの女優キャリー・マリガンとゾーイ・カザンとは14年来の友達同士だそうです。ふたりは撮影前から、ビデオ通話を通じていっしょに脚本を読み上げたりしていました。そして、ふたりとも、映画化が決まったのち、記者本人と密な交流を持っています。記者の書いた記事やインタビューも読んだり聞いたりしており、最大限本人になりきる努力をしたようです。

◇取材相手にはソフトに

 声を上げられない人の立場に立って事実を追求していく調査報道。突き動かしているのは使命感であり探究心でしょう。しかし、担当の記者のふたりは、取材相手に対して実にソフトに当たります。決して獲物を追い込むようなやり方をしません。

 高田昌幸さん(東京都市大学教授)は、「作中で際立つのは、女性記者が取材相手の被害者に接するときの誠実さです。ワインスタインにコメントを求める時の丁寧な態度。公正な取材を尽くすということが取材の根幹だということがよく分かります」と朝日新聞デジタルの記事で語っています。(高田昌幸東京都市大教授、朝日新聞デジタル2023年1月27日、[クロスレビュー]映画「SHE SAID」 )

◇会話、助言、防御

 全体を通して、一貫して、取材相手とも同僚とも、面と向かう会話がたいへん重要です。上司のデスクの女性は、ふたりに助言し、書きなさいと背中を押します。決定版の記事を出す直前は、深夜に記者に帰宅を促し、みずから朝まで原稿をチェックします。さらに上のボスは、被疑者からの圧力に立ちはだかって、記者たちを守り、最後に記事公開の判断をします。組織ジャーナリズムのよい面が出ています。

◇名前を出してもいい!

 30年以上にもわたって続いてきた大物プロデューサーによる恥ずべき行為についての、調査報道の始まりは2017年5月のある日のことでした。被害者の女優からジョディ宛にかかった電話でした。そのときから、気が遠くなるような地道な取材が積み重ねられてきたのですが、10月に入ってから、ついに記事掲載を決断できることが起こりました。別の被害者から記者ジョディのもとに、名前を出して証言してもよいという電話が来たのです。そばにいた相棒のミーガンは叫びました。She said! 証言者は「女性として、キリスト教徒として話すべきだと思った」と言いました。

 2017年10月5日、ニューヨーク・タイムズは満を持して超長文記事を掲載しました。冒頭にはBy Jodi Kantor and Megan Twoheyとふたりの記者の署名が入っています。また、記事には読者のコメントが2000件近く付いています。

 前出の高田昌幸さんは「新聞記者が情報の確認に大変な労力をかけていることも描かれていく。そうしたプロセスが日本ではあまり知られていません。記事そのものへの信頼性が問われる時代だからこそ、取材プロセスは基本的にオープンにすべきです」と主張しています(出所同上)。

◇「取材するメディア」の応援を

 社会的意義が大きいテーマでも、記事として実って報われるとは限らないのが調査報道です。日本のメディアでも取り組んでいる記者がたくさんいます。“こたつメディア”の対極にあるそういう「取材するメディア」をぜひ応援したいです。

 なお、アメリカでの興行成績は期待ほどではなかったようです。確かにテーマはセンセーショナルですが、大きな見せ場もない調査報道の堅実な“再現ドラマ”というイメージのせいでしょうか。私は、先日、吉祥寺プラザという映画館で見ました。観客は30人くらいだったでしょうか。密でないのはありがたいですが、「SHE SAID」はもっと多くの人に見てもらいたい映画です。「大統領の陰謀」、「スポットライト 世紀のスクープ」、「ペンタゴン・ペーパーズ」に続く、重要報道を再現する歴史に残る作品と言えましょう。エンターテインメントではないですが、どんどん引き込まれていきます。見てよかったと思えること請け合いです。

 


この記事のコメント

  1. 高成田 享 より:

    NYTの調査報道には、その根気や徹底ぶりに驚き、感動します。それに比べて日本の新聞記者は、明日わかることを今日報じるために力を注ぎ過ぎていると思います。この映画、見に生きます。

  2. 校條諭 より:

    同感です。新聞(社)の存在価値が社会に認められるためには、回り道のようでも“スロージャーナリズム”が王道のように思います。

  3. 高成田享 より:

    先日、映画を観てきました。NYT紙では、調査報道がひとつのセクションとして存在すること、海外出張を含め取材費を惜しまないこと、取材相手の”大物”に堂々と対峙していること、セクハラの被害者である取材相手の理解と同意を前提にしていること、など調査報道の在り方が確立していることを感じました。糾弾することになる相手に十分な反論時間を与えていることには驚きました。発行の差し止め請求のリスクを考えると、よほど自信があったのでしょう。メディアのあるべき道を示した教科書のような映画でした。そして、硬いテーマをエンターテインメントにするハリウッドの「技」にあらためて感動しました。

  4. 校條 諭 より:

    ご覧になったのですね。注目されている要素のうち、「糾弾することになる相手に十分な反論時間を与えていること」という点は気づいておらず、教えていただいて感謝です。
    調査報道だけでなく通常の取材・報道活動についても、良質のエンターテインメントによって、いかにメディアが手間暇かけて取り組んでいるかが伝わるといいなと期待します。

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