2023年を展望する
2023年の日本と世界はどうなるのか、年頭に当たって考えてみました。
◆ウクライナ戦争
昨年2月24日にロシアの侵攻で始まったウクライナ戦争は、300日を超えました。ロシアのプーチン大統領の思惑は大きくはずれて、ウクライナはロシアの攻撃に抵抗しただけでなく、占領地域のおよそ半分を取り戻しました。軍事大国のロシアを相手にここまで反撃できたのは、ウクライナ国民の祖国防衛への決意と、国際社会からの支援を取り付けたウクライナのゼレンスキー大統領の政治家としての手腕があったからだと思います。(下の写真は、ゼレンスキー大統領がtwitterで公開した新年のあいさつ)
首都キーウを含むウクライナ全土の掌握をあきらめたロシアは、もともと親ロシア派の住民が多かった東部2州(ルガンスク州、ドネツク州)とともに、欧州最大の原発のあるザポリージャ州、さらにはヘルソン州の4州を占領し、ロシアへの編入を宣言しました。アゾフ海に面したこの地域の獲得で手を打とうというのでしょう。しかし、昨秋以降のウクライナの反撃で、東部2州の東部戦線、ザポリージャの中部戦線、ヘルソン州の南部戦線のいずれでも、ロシア軍は進軍を阻まれ後退を強いられています。
昨年末、ロシアとウクライナの双方が和平案を提示しましたが、ロシアは統合した4州の確保、ウクライナはクリミヤ半島を含むロシアの全面撤退を必須条件としていて、双方の隔たりは大きく現状での和平の可能性は少ないといえるでしょう。停戦の可能性が出てくるとすれば、ロシアがザポリージャ州とヘルソン州を維持するのが困難な状況まで後退する局面、つまり昨年2月にロシアが侵攻した以前の状態に戻った時点ではないかと思います。
そのためには、ウクライナがさらにロシアを押し戻す必要があります。米国のシンクタンク戦争研究所(ISW)が日々、公表しているレポートを読んでいると、ウクライナの戦法は、ロシア軍の補給庫をハイマースなどのロケット砲で破壊し、相手の戦闘能力を弱めたうえで、地上部隊を前進させるというもので、これまでのところかなりの戦果をあげているように見えます。地域的にはいま、東部戦線に力を入れているようで、その狙いは東部の奪還というよりも、中部や南部に戦線を広げたロシア軍の補給源である東部を不安定にさせることで、中南部の戦線に動揺を与えることではないかと思います。
この戦略が成功すれば、ロシア軍が中南部から撤退するしかなくなり、停戦の足がかりができるのではないかと期待します。ただ、中南部の2州を放棄して、ロア氏が停戦することになれば、4州を併合したプーチン氏の敗北は明白になりますから、プーチン氏が受け入れるだろうかという疑問があります。
となると、停戦・和平が実現する前提となるのはプーチン氏の退陣ということになります。プーチン氏の独裁政権であるロシアで、退陣あるいは政変は起きるでしょうか。ウクライナ戦争の継続に疑問を持っている軍人、政治家、実業家などは多いように思えます。こうした人たちは、この戦争が無意味であり、長引けば長引くほど国力が衰退することを熟知していると思います。非合理なことは続かないという歴史法則が遠からず働く、と思います。
◆岸田政権
さて、日本の岸田政権はどうでしょうか。内閣支持率は低迷したままです。就任当初、新しい資本主義を掲げ、新自由主義の弊害を是正するなどと語っていたので、安倍政治からの脱却をめざすのかなと思っていました。しかし、これまでの専守防衛の政策を転換したり、原発の新増設を認めたり、安倍政権も二の足を踏んでいた政策を打ち出すなど、安倍政治からの脱却どころか安倍政治の補完をめざしているように思えます。(下のグラフはNHKの世論調査)
経済学には、「バターか大砲か」という言葉が出てきます。限られた資源(国家予算)を社会保障などの民生に使うか、軍事に使うかによって、国ありようは大きく変わります。民生に使えば、その分だけ国民生活は豊かになりますが、軍事に使えば、備えはできるかもしれませんが、豊かにはなりません。2023年度予算案で防衛費は前年比で26%増となる一方、首相が倍増と唱えた子ども関連予算は微増にとどまり、防衛費に食われる形になりました。
反撃能力の保有することは、抑止力につながると政府は主張しています。しかし、相手国から見ればどうでしょうか。日本がトマホークを持つなら、自分たちの攻撃能力をさらに増やすでしょう。中国の2022年のGDPは日本の4.7倍です。中国と大砲をふやす軍拡競争をすれば、国民に回るバターがなくなるのは日本が先です。しかも抑止力を突き詰めれば、核保有に進むしかありません。
防衛費も国内で使えば、公共事業のように、それなりの経済効果はあります。しかし、朝日新聞(2022年12月29日電子版)によると、2023年度の防衛予算のうち、米国政府から装備品を買う「有事軍事補償」(FMS)による契約額は1兆4768億円で過去最高になったとのこと。その内訳をみると、トマホーク(2113億円)、戦闘機F35A(1069億円)、同B(1435億円)、F15(1135億円)などとなっています。防衛力の強化とは、米国の武器を買うことで、その値決めも武器会社との交渉ではなく、米政府の言い値ということですから、米国の政府と軍需産業にひたすら貢献することになりそうです。
いま日本が防衛力を強化するのは、軍拡を進める中国への抑止力を高めるためです。しかし、反撃能力の保有によって、むしろ戦争のリスクは高まったように思えます。中国と台湾が戦争状態に入ると、米軍が台湾に加担し、日本も集団的自衛権で米国の軍事行動を支援する可能性が高くなります。日本が反撃能力を得たことで、日本が在日米軍を守るために、中国に対して先制攻撃を仕掛けるという事態も想定内になってきたと思うからです。日本の自衛隊が米軍の先兵になるリスクを考える必要があります。
原子力発電についても、原発を再稼働させ、運転期間も延長し、新増設も考えるというのですから、福島の事故を踏まえて原発の依存度を減らしていくというこれまでの政策からの逆転で、世界の潮流にも逆らう大転換です。原子力を支えてきた東芝、日立、三菱重工といった重厚長大産業を底支えしようというのでしょうが、原子力に力を入れれば、再生エネルギーの研究開発や投資が弱くなるのは当然で、首相が提唱したグリーン・トランスフォーメンション(GX)も、原発の推進を除けば、掛け声倒れになりそうです。
原発を保有するということは、相手からの通常爆弾で、原爆と同じように広範囲の放射能汚染を可能にできるということを、ウクライナ戦争は明らかにしました。民生用の施設である原発には、こうした軍事攻撃への十分な対抗策はありません。地震や津波といった自然の驚異が「想定外」の事態を原発に引き起こすことを私たちは経験してきましたが、戦争という人災によっても、福島事故の何倍もの被害が及ぶ可能性があるのです。原発依存度を徐々に下げていくという原発政策を転換することは、国民の安全安心という政策に反するものだと思います。
岸田政権に信頼を持てなくなったのは、こうした政策の大転換が首相自身の理念に基づいてというよりも、防衛政策の転換は米国のバイデン大統領に言われたから、原発政策の転換は経済産業省に言われたから、というように思えてならないからです。岸田さんは、これまで安保政策やエネルギー政策で、こうした政策を持論として語ってきませんでした。岸田さんの看板である「聞く力」を発揮したのだなと思ってしまうのです。
人事もそうです。統一教会とのかかわりででたらめな答弁を繰り返した山際経済再生相をすぐに更迭しなかったのは、山際さんの属する麻生派への忖度でしょう。性的マイノリティやアイヌ民族への侮蔑など、政府のスタッフにしてはいけない杉田水脈氏を政務官に抜擢したのは安倍派への気配りでしょう。山際氏続き、葉梨法相、寺田総務相、秋葉復興相の辞任は、統一教会や政治資金問題が就任後に明らかになった結果の辞任ですから、首相の責任は結果責任ともいえます。しかし、杉田氏の登用は、事前に杉田氏の言動はわかっていたわけですから、言い逃れのできない任命責任で、首相としての見識が問われるのも当然でしょう。
安倍政権での安保法制の整備などの政策は、安倍さんの本性が現れたというか、“確信犯”という印象がありました。しかし、岸田さんの安保や原発などの政策については、岸田さんの“確信犯”というよりも、お得意先の注文に応えるだけの御用聞きのように思えます。
鵺(ぬえ)という妖怪がいます。広辞苑によると、頭は猿、胴は狸、尾は蛇、手足は虎、声はトラツグミ、「転じて、正体不明の人物やあいまいな態度にいう」とあります。岸田さんはつかみどころのないという点では、鵺のようなという評価があてはまるのではないかと思います。ただ鵺という言葉は不気味さを漂わせますが、人のよさそうな岸田さんを見ていると不気味さはありません。しかし、不気味さを感じさせないままに末恐ろしいことをやってしまう岸田さんは、本当の鵺的存在なのかもしれません。
◆景気
ことしの干支は、癸卯(みずのとう)だそうです。「癸」は、「大地を潤す恵みの水」、「卯」は「うさぎのように跳ね上がる」などと説明され、景気も株価も上向くと期待する声もあります。
希望的観測に水を差すこともないのですが、白川静の『字統』の「癸」の説明では「十干は序数のための記号であるから、これを字形・字義によって、特別に意味づけようとするのは誤りである」とピシャリ。「卯」は牛や羊の肉を両分する形で、犠牲(いけにえ)を割く意味とあり、あまりおめでたい文字ではないようです。時刻や暦に使われた十二支の「う」に卯の文字を用いたのは仮借で、「う」に兎(うさぎ)をあてはめたのも、十二支を動物に見立てて覚えやすくするための方便とか。
昨年の世界経済は、コロナ禍によるサプライチェーンの断絶、ウクライナ戦争のあおりを受けたエネルギー価格や食料価格の高騰などが重なり、インフレに悩まされました。ことしも高止まりしたエネルギー価格や穀物価格がインフレ要因になりそうです。米欧の中央銀行は、短期金利を引き上げて、インフレの鎮静化をはかりました。ことしは利上げの影響による景気後退が心配されます。インフレ対策で利上げのブレーキを踏めば、景気が悪くなり、それを防ごうと国債発行による財政政策でしのごうとすれば、長期金利が上昇して、財政を悪化させたり、設備投資を鈍化させたりすることになりかねません。
米国のコンサルティング会社、ユーラシアグループが公表した「2023年の10大リスク」は、ロシア、中国、AIに次ぐ4番目のリスクとしてインフレを挙げ、次のように説明しています。
「高いインフレ率、金利の上昇、不十分な財政支援が相まって、世界経済は景気後退に追い込まれることになる。ゼロコロナ後の中国の景気回復の不確実性と、欧州のロシアからのエネルギーに頼らない生活への痛みを伴う移行によって、 さらに状況は深刻になるであろう。消費者と企業の心理が弱まり、世界の成長率は2021年の6%から2022年には約3%、2023年には2%以下に減速し、世界の多くの地域でマイナス成長になるだろう」
インフレが続くなかでの景気後退となれば、石油危機後の世界経済を苦しめた1970年代のスタグフレーションの再来ということになります。昨年のインフレショックの日本への余波は、欧米に比べれば軽微でしたが、原材料費の値上がり分を企業は徐々に小売価格に転嫁しはじめています。ことしは、賃上げも含め、さらに価格転嫁を強め、値上げラッシュが激しくなるかもしれません。
日銀が金融緩和策を変更するとの観測から為替相場は、超円安から是正されていますが、長期金利の上昇が本格化すれば、国債価格が暴落することにもなりかねません。そうなれば、円の信頼性も揺らぐことになり、再び円安が進み、輸入物価の上昇を通じて、国民生活を苦しめることになる恐れもあります。(下の表は、みずほリサーチ&テクノロジーズの2023年新春経済見通し)
◆関東大震災100年
希望的観測は、都合の良いことを予測として期待することですが、逆に不都合なことは考えないことにしてしまうのは希望的不観測でしょう。ことしは関東大震災から100年にあたります。日本にとっての最大のリスクは、首都圏を襲う大地震です。
昨年11月14日に三重県南東沖を震源とするM6.1 の地震が発生、震源に近い和歌山県や愛知県はほとんど揺れなかったのに、震源から約500キロも離れた福島県で震度4を観測、「異常震域」だと話題になりました。その原因は、震源の深発地震だったためですが、地表から奥深いところで変動が起きていることが気になります。
2011年3月の東日本大震災から12年になります。岸田政権による原発政策の転換を見ていると、もう大地震のことは忘れてしまったのかと思いたくなります。天災は忘れたころにやってくる。この言葉が不都合な真実を言い当てたことにならないように祈るばかりです。
(冒頭の写真は、静岡県熱海市の湯河原海浜公園で元旦に筆者が撮影した初日の出)
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朝日の社説も、この水準を取り戻して欲しいものです。
特に岸田鵺政権説に賛同。
迎春
2023
12月から3月末までの予定だったピースボート南回り地球一周の旅は、また1年の延期に。代わりに11月末、徳島、伊勢などを車で回ってきました。(詳細はブログに)
宏八は居眠りしながらのオンライン視聴と、毎日8000歩の散歩の日々。信子は二本の杖で両手を塞がれながら、教会や展覧会にもなんとか出かけています。クルーズは、2020年にキャンセルしなかったため、今年末からのあとさらに1回、無料で乗れることに。その特典利用までは元気でいろとの天の配剤と考え、健康第一で過ごします。
以上は賀状の文面ですが、ブログでは版画の代わりに、近所の丘に登り、初日の出を見て、反対側の富士山の写真をつけました。
昨年も同様の元旦でしたが、晴れの日が続く気候の良さに、湘南の地に住む幸いを感じます。
近況報告だけでは物足りないので、以下はある友人の年頭所感、自分で書く代わりに借用します。
> 日本を守る一番現実的な選択肢は、世界に向けて「非武装・中立」宣言をすることだとずっと思っています。そして自衛隊を使って、「中村哲さん」が個人でやっていたことや、多発する災害救助を、全世界でやる。それによって、どこの国にも脅威を与えず、世界中を日本びいきにする。それこそが、どこの国からも日本を攻めさせない一番の抑止力になると思います。原発をこれだけ並べといて、どこかの国のサイバー攻撃や自爆ドローン群に襲われたらどうするつもりなのでしょうか?
全土が「フクシマ」状態になるでしょう。膨大な税金を使って米国に気に入られるよう沖縄に基地を作り、ミサイルや戦闘機などを買えば、その心配がなくなるとでも言うのでしょうか。この先どれだけ税金を使えば良いのでしょうか。それこそおめでたい非現実だと思う。
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中北 宏八
E-Mail:nakakita@agate.plala.or.jp
ブログ:窮々自適の老学生
http://knakakita.livedoor.blog/