『孫子』から見たウクライナ戦争
「兵は詐を以て立ち、利を以て動き、分合を以て変を為す者なり。故に其の疾(はや)きことは風の如く、其の徐(しずか)なることは林の如く、侵掠することは火の如く、知り難きことは陰の如く、動かざることは山の如く、動くことは雷の震(ふる)うが如くにして、郷を掠(かす)むるには衆を分かち、地を廓(ひろ)むるには利を分かち、権を懸けて而して動く。直の計を先知する者は勝つ。此れ軍争の法なり」(『新訂孫子』=岩波文庫=軍争篇)
武田信玄の軍旗に記されたとする「風林火山」が出てくる『孫子』の一節です。ウクライナ戦争で、南部ヘルソン州の奪還に兵力を集中していると見せかけ、ロシア軍を南部に集中させたところで、東部ハリキウ州のイジュームなどを奪還したウクライナ軍の戦いは、「詐」(あざむき)の戦略を立て、「利」である戦略拠点の奪取に動き、一夜にして広大な地域を火が燃えるように手中に収めたわけで、まるで『孫子』の兵法を再現したようです。
イジュームは、ロシアが支配する東部ドンバス地方の最前線の軍事拠点で、ニューヨークタイムズは、ウクライナにとってイジュームなどの奪還の意味を次にように報じています。
「戦争の初期、首都キエフの戦いでロシア軍を敗北させて以来、ハリキウの反撃はウクライナ軍にとって最も成功した軍事作戦となった。いまウクライナ当局は、この戦いによる二つの利益を活かそうとしている。ロシア軍の戦意喪失と西側諸国からの武器供与の強化である」(ニューヨークタイムズ電子版2022年9月14日)
ウクライナ戦争が長期化するなかで、「武器を供与しても戦争の膠着状態を長引かせるだけ」といった「支援疲れ」の声が欧州諸国のなかから出始めていただけに、ハリキウ州でのウクライナの攻勢は、米紙が伝えるように、欧米諸国からのウクライナ支援を強化させる効果があるかもしれません。
ハリキウでのウクライナの勝利について、ロンドン在住のジャーナリスト、木村正人氏は『JBpress』の記事「ウクライナが北東部ハルキウの奇襲で大戦果、戦況の転換点となる可能性大」のなかで、この戦いが戦況を転換させる可能性があるとしたうえで、ロシアの軍人だったイゴール・ガーキン氏が自身のテレグラムチャンネルに投稿した次のようなコメントを報じています。ガーギンは2014年のドンバス紛争で、親露派武装勢力を指揮したドネツク軍司令官です。
「現在の状況を日露戦争になぞらえて表現するならば『奉天会戦』という言葉しか浮かばない」(JBpress 2022年9月12日)
奉天会戦は、日露戦争(1904~1905)の陸上での大規模な衝突としては最後となった1905年2月から3月にかけての戦いです。現在の中国・瀋陽付近で行われ、大山巌率いる24万人の日本軍がクロポトキン率いる36万人のロシア軍を撃退し、戦況を日本の優勢に転じるきっかけになったと、歴史的には評されています。この戦いのあと、クロポトキンは罷免され、1905年5月には日本海軍がロシア海軍のバルチック艦隊を破り、同6月にはポーツマス条約が結ばれ、日露戦争は終結します。
ロシアの戦争ということで、日露戦争が引き合いに出されることも多くなったようで、米ブルッキングス研究所の軍事戦略研究のマイケル・オハンロン氏はワシントン・ポスト紙の記事「プーチンの過信は日露戦争を思い起こさせる」(2022年8月1日)のなかで、ウクライナ戦争と日露戦争とは、多くの違いがあるとしたうえで、次のように語っています。
「ロシアが主要な軍事行動のいくつかで犯した過信と不注意の傾向を見ると、ふたつの戦争の類似点がまさに現れている」(ワシントン・ポスト電子版2022年8月1日)
ハリキウの戦いも、ロシアの「過信と不注意」の例に加えられることは間違いないでしょう。『孫子』に、次のような戒めが書かれています。
「兵は多きを益ありとするに非ざるなり。惟だ武進すること無く、力を併わせ て敵を料らば、以て人を取るに足らんのみ。夫れ惟だ慮(おもんばか)り無くして敵を易(あなど)る者 は、必ず人に擒(とりこ)にせらる」(『孫子』行軍篇)。
軍事力が優っているからといって、敵をあなどると、痛い目に遭うぞ、という言葉ですが、ロシア軍の将校は、いまこの言葉をかみしめていると思います。
『孫子』は、紀元前500年ごろの中国春秋時代、呉に仕えた孫武の作と伝えられています。戦争体験がもとになったと思われる戦術的な兵法の記述も多いのですが、戦略的な戦争観も書かれているため、現在も世界で読み継がれているのだと思います。中国のドラマ『孫子兵法』(2008)は41回の長編でしたが、『孫子』の言葉や思想、孫武のエピソードがちりばめられていて、面白い娯楽作品でした。
「孫子曰わく、兵とは国の大事なり、死生の地、存亡の道、察せざるべからざる なり」(『孫子』計篇)
上記が『孫子』の書き出しであり、戦争は国家の大事であり、国民の死活を決め、国家存亡の分かれ道である、という大局的な戦争観は現代にも通じる見方だと思います。ロシアのプーチン大統領は、今回のウクライナな侵攻を「戦争」ではない「特別軍事作戦」だとして始めましたが、ここまでの途中経過を見ても、ウクライナのゼレンスキー政権を倒すという目的を果たせないばかりか、ロシアの国際的な孤立を招き、フィンランドやスウェーデンのNATO加盟という思わぬ結果をもたらしました。「兵とは国家の大事なり」という根本を見誤ったとしか思えません。
「亡国は復た存すべからず、死者は復た生くべからず。故に明主はこれを慎み、良将はこれを警(いまし)む。此れ国を安んじ軍を全うするの道なり」(『孫子』火攻篇)
プーチン大統領は「亡国の君主」の道を歩んでいるとしか思えません。
(冒頭の写真は、ウクライナ軍が奪還したハリキウ州の軍事拠点イジュームを電撃訪問するゼレンスキー大統領。ウクライナ外務省のツイッターから)
この記事のコメント
コメントする
前の記事へ | 次の記事へ |
計篇には、あの有名な「兵者詭道也」とあります。戦争とは騙し合いである。嘘と殺し合いであると読み解くようです。また、孟子は「春秋無義戰 彼善於此 則有之矣 征者上伐下也 敵國不相征也」と言ったと。これもまた、よく知られています。二千年の時を経ても、文明は進んでも、人のこころは高まってはいない、そんなように思います。奸智をめぐらして技術の粋をこらしても結果は愚かでしかない。早く終わることを祈ります。