「インドとパキスタン」 の分離独立の来し方を語る或る映画
「インドとパキスタン」 の分離独立の来し方を語る或る映画
平成30年8月
仲津 真治
関心があって、新宿「武藏野館」にて上映中の邦題「英国総督最後の家」という
映画を鑑賞して参りました。 迫力があり、且つ知らない歴史の理解にかなり役
立ちました。
同館によれば、こうした「歴史物」には一定の人気層が在る由、何と満席でした。
原題は、英語で「VICEROY’S HOUSE」、直訳すれば「総督の館」
で、そのほかにパンジャビー語と、ヒンディー語と表示されていました。 ただ、
全編殆ど滑らかな英語が使われており、日本語字幕がある外には、現地二語の表
示は一切、在りませんでした。 それらはインド、パキスタンの現地上映用と思
われます。
1)映画制作国は英国でした。 監督・脚本はグリンタ゛・チャーダと言い、シー
ク教徒のインド人家庭生まれの由、二歳の折り、ウェストロンドンに移住、イー
スト・アングリア大学を卒業、BBCに就職、爾来キャリアーを積んでいる人の
由です。 当然のことながら、インドやパキスタンの諸事情に通じている様でし
た。
映画が始まると、デリーの総督の館での場面が多く登場し、その豪壮振りが目に
焼き付きました。 それは、大英帝国の植民地時代に立てられたもので、支配者
としてインド皇帝の地位に就いていた英ビクトリア女王の派遣せる「総督」の館
でもありました。
1947年、最後の総督として着任した英貴族マウントバッテン卿は夫人とともに、
その壮大さに圧倒されます。 エドウイナ夫人は正直に「バッキンガム宮殿」よ
り立派ね」と呟きました。
2)さて、大英帝国の支配や統治が始まって、既に実質三百年余、
英国自身の国力の衰えに加えて、植民地統治の困難がのし掛かって、諸々難渋を
極めるようになっていました。
最早独立させるしか無いと言うとき、大変な課題が生じて来ました。 当然、イ
ンドとして纏まって独立すると思われていたところ、「それは無理、問題が多す
ぎる」という声が大きくなって来たのです。 それを主唱したのは、イスラム教
徒のムスリム連盟を代表するムハンマド・アリー・ジンナーでした。
此の人物に会い、話を良く聴いた上で、統一インドとしての独立をとうったえた
マウントバッテン卿は、逆にジンナーから強く反論されます。「このインドの大
地に、「分割と支配」を持ち込んで、巧みに押さえ込んできたのは英国だ。
他でも似たような事をやっている。 アイルランドやパレスティナなどがその例
だ。 今や、インドとして一本で独立せよと言っても、とても無理だ。」
と言うのです。 そして、ムスリムは、パキスタン、即ち「聖なる国」として
独立する。」とあらためて主唱しました。
これには、マウントバッテン新総督のみならず、鑑賞者である私も、成る程と
思わされました。 アングロサクソンの「分割と支配」がもたらしたもの、その
功罪は実に大きなものがある様です。
3) ガンディーの統一独立論とネールの見通しなど
このあと映画には、ガンディーが登場します。
インド独立の功労者で、不服従運動でも有名なガンディーは、いよいよ独立とな
ったこの段階で生じた、懸かる大問題に対処するため、一つの妥協論を提示しま
す。新総督と会談したガンディーは、ならば「ジンナーを、インド新政府の首相」
に提案したのです。
だが、この妥協案には、反対意見が噴出しました。 映画のシーンで、それを
強く主張したのは、実はネルーでした。ネルーは、実際問題して「ジンナーは
受けるまい」と言うのです。
果たして、ジンナーは、このガンディー提案を断りました。
映画の諸シーンから類推するに、ジンナーは、ヒンズー教徒が多数を占める統一
インドで、自身がそれを纏めていく自信が持てなかったと推測されている様です。
これはネルーが持った読み・見通しと一致しています。
4) 斯くて、事態は、「新たな国を造りに来たのに、むしろ引き裂く事になりま
すね。」というエトウィナ夫人の所見・見通し通りになって来ます。凄い。
もともと一本の大国であったインドですから、例え、藩王などが各地に居ても、
国境なとが国内に引かれてある分けではありません。
斯くて、人為的な線引きや区分の所産として、1947年から48年にかけて、広大な
インド各地で大変な争乱と破壊が起き、ー何と、千四百万人の人々が移動するこ
ととなり、約百万人の犠牲者が出たと言われます。まるで内乱ですね。 終戦後
の日本では、別の混乱が起きていましたが、インド・パキスタン斯く在りしかで
す。
映画では、この分離・新分割に伴う、個々人の意思表示の場面や、諸施設、諸物
件などの凄まじい仕分けの様子が迫力一杯に描かれています。
斯くて、大インドは、真ん中にニューデリーと首都とするインド連邦が出来、東
西にムスリムを主とするパキスタンに分かれて、二国が独立したのです。
ガンディーは、その日を迎え、横たわったまま、「めでたくも無い」と言います。
此のシーンで、この監督・脚本家がガンディーをあまり評価していない感じが伝
わって来ました。
5) ところで、此の映画では、チャーチルが絡む国境確定の秘話も描かれてい
ます。大きな国際戦略が語られています。
それに、モスリムと、ヒンドゥーと言う宗教を異にする男女の恋愛も取り上げら
れています。 そこは映画作品ですね。異宗教間の恋と言う、大きな課題が響き
ます。
斯く、本作は話題性に富み、広がりがあります。 宜しければ、貴鑑賞をお奨め
します。
なお、1971年、東パキスタンはバングラデシュとして、更に独立しました。
関心を呼ぶ事態です。インド亜大陸は、あたかも、大きな複雑系ですね。
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