チャイナの近望と遠景 或る本の読後の印象
チャイナの近望と遠景 或る本の読後の印象
平成30年8月
仲津真治
本書の題名は「習近平帝国の暗号2035」と言うものです。
日本経済新聞社 論説委員「中澤 克二」氏の力作です。 四百頁近い大作で、 情報が多岐に渉り、非常に詳しく、且つ、取材も実に行き届いていて、圧倒されました。
ここに、習近平帝国とは、最近チャィナの権力を確立したとされる習近平中国
共産党総書記の支配体制を言い、その[中華民族の優位」を達成せんとする
目標年次の「2035」年を「暗号」としているもののようです。
以下、特に印象深いところや掘り下げの鋭い箇所に重点を置いて、記したいと
思います。
1)「スマフォ決済」の普及と「監視社会」
著者は、本書の末文で、最近の中国の印象について、チャイナは、「スマフォ決
済の普及で、明らかに世界一でしょう。」と率直な印象を語っています。 典型
例として、例えば、それは街中のあらゆる屋台や店舗で使えると言い、極めつき
は、路上でボームレスが、スマフォを差し出して、電子マネーを送って欲しいと
まで懇願するようになっていると申します。 つまり、現金紙幣は厄介者になっ
たというわけです。
もとは、偽札の多発に人々が嫌気をさして、また、皆が紙幣をくしゃくしゃにし
て使うから、それに悩まされなくても言いように、現金を避ける風潮になってし
まった由、ここ五年ほどで起きた変化と聞きます。 現金国家日本とまるで世相
が違うのです。
斯くて、個々のスマフォ決済の度に、個人データの詰まったICチップの身分証明
書が必要となり、それをかざすことになります。 つまり、その人物の現時・現
在の所在とカネの動きは、 使用の度に全て記録されます。 便利な一方で、
ビック゛データを駆使した人々の完全な管理が可能となりました。 それは、ジ
ョージ・オーウェルが「旧ソ連」を念頭に描いた小説「1984」の監視社会とそっ
くりです。
其処では、チャツトで交わされる日常会話もビッグデータとして蓄積されます。
そして、誰もがチェックの対象となり得、当局の判断で、観察への道が開かれま
す。オーウェルの描いた監視社会が1984年ではなく、その後三十数年を経て、
「中国的な特色ある社会主義」を標榜する国で実現してしまいました。そして、
その監視社会振りは益々徹底していることが伝えられてきています。
2) 党規約、それを受けて憲法にも個人名が入るのは、毛沢東、鄧小平、習近平
「建国の父」の毛沢東、「改革と開放」の鄧小平に次いで、「習近平思想」の
現国家主席、党総書記の習近平も、その名が、2017年秋の19回党大会で中国共産
党規約の改正で入りました。 チャィナでは、共産党の一党独裁で、国家のあり
方を含む全てを党が決めています。 斯くて、まず習近平思想を共産党規約に盛
り込み、後に、全人代で国家の憲法に反映したのです。
因みに、此処に習近平思想とは、「習近平時代の中国の特色ある社会主義思想」
という長目のものです。
更に、この国家よりも上位の共産党が、人民武装力、つまり軍隊を統率していま
す。その統率者は、中国共産党中央軍事委員会主席で、習近平その人です。
実際、このポストにある人が、最高権力者と言われます。
つまり、今や、習近平が、党、軍、政の三つとも最高位にある分けです。
本書は、習近平が、武装闘争まで至らないまでも、凄まじいプロセスを経て
これらを掌握してきた過程を画いたものです。
そして、著者は、習近平後については、「まだ要らない」とさらり触れて居るの
みです。 そして、「自分自身かも知れないのだから」と習近平自身の心情を
推測しています。 確かに何が起こるかも分かりませんが、著者は一応、安定を
見越したようです。 2035というキーワードも、其処に意義があるでしょう。
3) 今次指導体制 : 習時代の到来
著者は、この党大会や、その後の全人代で成立した体制を、ひと渡り紹介してい
ます。
最高指導部は、党中央委員会政治局常務委員で、習近平総書記をトップに
7名います。 留任は、習近平と李克強の二人で、五人が新任です。
ただ、王岐山前常務委員は退任し、中央委員でも無くなり、平党員となったもの
の、国家副主席に異例の就任をし、その後も政治局常務委員会に出席していると
は、著者の情報です。 とすればそれは、68歳という年齢制限を有名無実化する
特別措置で、その役割が注目されます。 その人は、習近平の信頼極めて厚く、
反腐敗闘争で辣腕を払ってきたため、その今後に大いに関心が持たれますね。
さて、政治局員は全部で25名ですが、常務委員を除くと残る政治局員は計18名、
うち、何と15名が新人です。大幅入れ替えで、それも習派が多く、将に関心を呼
びます。
なお、党中央委員全体では204名が選出されていますが、約六割が交替したと言い
ます。 今次党大会では、「将に習時代の到来」を思わせます。
4) 二重権力の矛盾
著者は、チャィナに於ける、一党独裁下の共産党と、政府の役割を巡る根本的な
矛盾を指摘しています。
それは、党員に対しては、党の各級の規律検査委員会が、党の絶対的指導の下、
全てを超越する調査権限を振り回してきました。習体制になってから、各級で
その処分者は総計約百四十万に及ぶと言います。 此の後から、国家の司法手続
が進みます。
もともと、党員に対してと、国民一般に対しては、本来区別されるべきものでし
た。しかし、実態は混同され、何と、党と国の組織の両者が組み、人々に網を
掛けてきたと言われます。また、党側の職権乱用も多く見られてきました。
これは、腐敗摘発に役だった面はあるでしょうが、一方では、正規の司法手続き
に寄らない私的なリンチのようなものも多発してきたと申します。
党が指導する国家、その権力が重なり、チェックが働かない、これは一体何なの
でしょう。
5) チャィナと朝鮮との関係
其処には、根の深い、長期に渉る歴史問題があるようです。
我々は、古代に「楽浪郡」や「帯方郡」という、「漢」と言われる
国の出先機関が在ったと習いました。 また、近辺に倭人が居て、
一種の朝貢が行われていた事も教わりました。
しかし、韓国や北朝鮮で教える歴史では、こうしたことに一切触れず、古代から
いきなり、百済、新羅、高句麗の三国時代に入っていくようです。「楽浪郡」や
「帯方郡」などは無かった事になっているのです。
そして、大体今日の北朝鮮に当たる高句麗などについては、独立国と見る、朝鮮
・韓国側と、チャィナ側の単なる一地方政権と見るチャイナ側で大きな対立、歴
史論争があり、未だ決着がついて居ない由です。
そして、時代が戦後となり、金日成と毛沢東の間で、話し合いが持たれたとき、
「チャィナの東北部は、かつて朝鮮のものだった」という本音の話をするまでの
度量が毛沢東にはあった由です。 この遣り取りを反映し、高句麗の栄光を倣う、
自らの白頭山神話に箔を付けたい金日成は山頂の聖なる池「天池」を要求し、
毛の指示を受けた周恩来がこれに配慮、1962年の中朝国境条約では、天池の54.
5%を得たと申します。
この事なども含め、中朝間には、対立、認識の違い、歴史解釈を巡る紛糾など、
根深いものがあるようです。 この辺りは、更に、幅広い資料の調査・研究が望
まれると思います。
その際、角度を変えた斬り込みとしては、著者はソ連崩壊による事態の激変や、
1992年の韓国のチャイナとの国交樹立を考査対象に挙げています。 チャイナは、
第二次天安門事件後の国際的孤立から脱するため、経済を優先したのです。
北朝鮮からすれば、それは同じ社会主義国のチャイナの大いなる裏切りでした。
北朝鮮は、懸かるチャィナの動きに対する牽制のため、自前の力が必要となり、
核開発にのめりこんでいった面があるようだと著者は示唆しているようです。
つまり、北朝鮮の核開発やミサイル開発は、アメリカなどへの対抗のみならず、
対チャイナのウェイトが結構あるようですね。
6) 武装警察の所管替え ・・・日中関係への波及の恐れ
2018年1月、チャィナの 公船が尖閣諸島の領海に侵入しました。
この公船は海警局の所管で、それは国務院の組織である公安省に属して
居ましたが、この一月一日から、党中央軍事委員会の下に移管されました。
それまで、海警局は公安のトップで最高指導層の周永康の指揮下に在ったのです
が、周永康が汚職で無期懲役の刑に服したため、信用できないとして、軍隊と同
じ組織に所管換えとなったのです。
一説には、胡錦濤政権の折リ、周永康は或る武装警察の部隊を動かして、反旗を
翻そうとしたと言われています。 そこで、今度同組織をそのままに置かず、党
中央軍事委員会、即ち習近平の指揮下に移したと言う分けです。 となると、こ
れからは、海警局は既に軍隊組織の一部と言う事になります。
これは、重大な問題を引き起こす可能性があると、著者は指摘しています。仮に、
海警の公船が尖閣諸島の領海に侵入してきた場合、それは、中央軍事委員会の
指揮下にあることとなり、準軍事行動と見なされるからです。
日本側においても、冷静に海保の対処に絞って対応してきた来た中から、日中首
脳会談の場などを通じて、自衛隊と中国軍の海空連絡メカニズムの早期運用開始
などとともに、本音の情報や意見の交換をする必要があると、著者は主張してい
ます。
このほか、極めて内容豊富、多岐に渉る問題提起となっています。
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