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備忘録(21)テイラー・スウィフトの文化、経済、政治現象

2024.02.06 Tue

今年のグラミー賞の最優秀アルバム賞をシンガー・ソングライターのテイラー・スウィフトが『ミッドナイツ』で獲得しました。グラミー賞のなかでも最高位のこの賞をスウィフトが受賞するのは4回目で、フランク・シナトラ、スティービー・ワンダー、ポール・サイモンの3回の記録を抜いて歴代最多の記録を塗り替えることになりました。

 

授賞の瞬間に、本人は唖然とした表情をしていましたが、式典の最初では司会者が「ベストアルバムをスウィフトさんが取れば、歴代最多になる」と、記録更新の話題で盛り上げていたくらいですから、彼女は本命中の本命だったのでしょう。

 

それもそのはず、2020年10月に発売された『ミッドナイツ』はすぐに話題となり、ビルボードの人気チャートの1位から10位がこのアルバムの収録曲で埋まるという快挙を成し遂げました。昨年3月に始まった彼女の世界ツアーは、興行収入がすでに10億ドル(約1480億円)を超えたと報じられています。大谷翔平選手がドジャーズと結んだ10年間の契約額が7億ドルですから、彼女の「集金力」はすさまじいというしかありません。タイム誌は恒例の「今年の人」にスウィフトを選びました。芸術分野の人で、「今年の人」に選ばれたのは彼女が初めてだとか、話題性と言う意味で、政治や経済、社会問題に勝るものだったということでしょう。(下の写真はタイム誌の2023年12月25日号の表紙)

 

はやばやと言うほどではないかもしれませんが、昨年6月に「テイラー・スウィフトは安く見られている?」(Is Taylor Swift Underpaid?)というタイトルで、ニューヨークタイムズ紙にコラムを寄せたのはノーベル賞経済学者のポール・クルーグマンでした。クルーグマンによると、スウィフトがコンサートで多額の売り上げをえることができるのは、5万人のスタジアムでも観客が音楽を楽しめるサウンドシステムを実現できるようになったテクノロジーの進歩があったからだと分析しています。

 

それなら、もっと大きな会場でライブをすればもっと稼げるはず、ということになるのですが、クルーグマンはその一方で、人々がライブ会場に行かなくても音楽ビデオなどでコンサートを楽しむことができるようになっている、と説明しています。つまり、彼女の実力をもってすれば、もっと稼げるのかもしれないが、新しいテクノロジーは大規模コンサートを可能にしたと同じように、ライブに行かなくてもコンサートを楽しませることを可能にしているため、この程度で市場が均衡している、というのでしょう。

 

スウィフトのコンサートがあると、どこのホテルもいっぱいになり、衣装からお菓子やカクテルまでさまざまな便乗商売が生まれます。だから、コンサートがあると、その都市の経済が潤うということで、ウォール・ストリート・ジャーナル紙は昨年7月、「テイラーノミクス」(Taylornomics)と名付けた記事を掲載しています。

 

なぜ、スウィフトの音楽はそれほど人々を引きつけるのか?中島みゆきと島津亜矢は大好きですが、アメリカのポップスなど聴いたことのない私に、答える資格はありませんが、「ミッドナイト」のアルバムに収録され、ビルボードのチャート1位を7週連続した「アンチ・ヒーロー」の歌詞を読んだときに、なかなか哲学的な詩だなという印象を持ちました。以下は、最初の1節、私訳も入れました。

 

I have this thing where I get older, but just never wiser
Midnights become my afternoons
When my depression works the graveyard shift
All of the people I
’ve ghosted stand there in the room

 

歳をとっても賢くなんてなれないわ
真夜中は(眠れないから)お昼みたい

ユーツな気分が深夜シフトでやってくると

私に取り憑いてた人たちがみんな部屋に立ってるの

 

なぜ、ゴーストが出てくるのか、一昨年の11月に米国から遊びに来た若い友人に、『ミッドナイツ』が米国で話題になっていたので、「アンチ・ヒーロ」について尋ねたら、ゴーステッドとは、付き合って別れた恋人たちのことが思い浮かんでくること、と教えられました。そのあとで、「あんな若い世代の歌のどこがいいの?」と逆襲されました。私から見れば若い40代の友人からみると、30代のスウィフトとは世代が違うというのでしょう。友人と一緒にいた夫は、ニューヨークのマイナーなミュージシャンだったので、超メジャーへの反発があったのかもしれません。

 

アンチ・ヒーローからもう1フレーズ引用します。

 

Did you hear my convert narcissism I disguise as altruism

Like some kind of congressman?

 

あたしの博愛主義に見せかけたナルシズムを聞いた?

国会議員みたいなやつ

 

私の友人には申し訳ないのですが、スウィフトの歌詞には意味深なものがちりばめられているように思えます。そして、その衣装などのパフォーマンスもまた意味深で、性的マイノリティの人たちが共感できるものが多いという論評がニューヨークタイムズ紙の「オピニオン」に出ていました(2024年1月4日、Anna Marks "Look What We Made Taylor Swift Do")。

 

テイラー・スウィフトは文化現象であり、経済現象であり、社会現象なのです。となると、黙っていないのが政治です。2000年の大統領選挙で、スウィフトはバイデン支持を表明したのですが、あれから4年、スウィフトの及ぼすインパクトがさらに大きくなっています。そこで、牽制球を投げたのは保守派の人たちで、FOXニュースでは、コメンテーターたちが「テイラーは政治にかかわるべきではない」と呼びかけたり、「テイラーがスーパーボウルのハーフタイムショーでバイデン支持を呼び掛ける」といった「予測」を流して「スウィフトは民主党の回し者」という印象を与えようとしたりしています。

 

ことしのスーパーボウルは2月11日夕(日本時間12日朝)、ラスベガス郊外でカンザスシティ・チーフスとサンフランシスコ・49ersが対決します。チーフスのタイトエンド、トラビス・ケルシーはスウィフトの恋人とされ、スウィフトは7日から10日までの東京公演を終えて、スーパーボウルに向かうことになっています。間に合わないのではないか、という問い合わせが在米日本大使館に殺到したようで、日本大使館は「自信を持って間に合う」との異例の声明を発表しました。(下の写真は日本大使館の声明)

バイデン劣勢が伝えられるなかで、トランプを負かせるのはテイラーだけ、といった民主党員の声も聞こえてきて、テイラー・スウィフトはまさに政治現象にもなっています。

 

東京公演は、いずれテレビで見ることができると信じて行きませんが、「テイラー・スウィフト」というアイコンが引き起こしている文化、経済、政治現象については心に留めておきたいと思います。

(冒頭の写真は朝日新聞2024年2月6日の紙面)


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