ドキュメンタリー映画『教育と愛国』を見る
5月13日から全国で公開される映画『教育と愛国』(斉加尚代監督)の試写を日本記者クラブで見ました。2017年にMBS(毎日放送)で放送され、この年のギャラクシー賞を受賞したドキュメンタリー「映像’17教育と愛国~教科書でいま何が起きているか~」に、その後の映像も加えて再編集した力作です。
学校での生活を振り返ると、良かれ悪かれ影響を受けた先生はたくさんいますが、教科書に感化された記憶はないと思っています。そんな私にとって、教科書の記述をめぐる動きについては、日本の政治的な意味合いはあると思っていましたが、子どもたちへの影響という意味ではあまり重視していませんでした。しかし、試写のあとの記者会見で、MBSのディレクターでもある斉加監督の発言を聞いて、子どもたちにとっても大きな意味があるのだと考え直しました。それは「教科書は、子どもたちが最初に接する学問」という言葉でした。
たしかに、教科書に求められるのは、自然科学や人文科学の客観的、合理的な判断に基づいた客観的な事実ですから、そのときの政権の主観的な判断で教科書の記述が変わってしまえば、それは「学問」とはほど遠い「プロパガンダ」(政治的な宣伝)になってしまいます。
映画では、菅政権が2021年4月に、「従軍慰安婦」は「慰安婦」、「強制連行」は「徴用」という言葉を使うことが適切とする答弁書を閣議決定したこと受けて、検定済みの教科書について、文科省が教科書会社を集めてその旨を「説明」、教科書会社が「従軍慰安婦」や「強制連行」という言葉を削除したり、表現を変更したりする「訂正申請」を行った出来事が描かれていました。
その根拠になったのが安倍政権下の2014年に行われた教科書検定基準の改正で、閣議決定などにより政府の統一的な見解が示された場合には、それに基づいた記述がなされていることが検定の基準になったのです。
「従軍慰安婦」なのか「慰安婦」なのか、「強制連行」なのか「徴用」なのか、について、学問の世界で論争が起きているのは事実でしょう。私たちの世代の多くは、「従軍慰安婦」や「強制連行」が歴史的な事実だと受けとめてきましたから、その言葉に違和感はありませんが、それが「自虐史観」という反省や批判が出ているのも知っています。
学問的な判断をする知識は私にはありませんが、これまでの教科書では、「従軍慰安婦」や「強制連行」の記述が検定を通る程度の学問的な裏付けがあったのに、それが「閣議決定」で「訂正」を余儀なくされるというのは、これまでの教科書に盛り込まれてきた学問的な知見がないがしろにされているように思えます。
日本弁護士連合会がことし2月、従軍慰安婦や強制連行という言葉の当否は置惜くとしても、といたうえで、「閣議決定から教科書内容の変更に至る一連の経緯に深い憂慮を表明し、その根拠となっている改定教科書検定基準の撤回を、改めて求める」という会長声明を発表しているのもうなずけます。
斉加さんは会見で、テレビ放送から5年後に映画として公開する意味について次のように語っていました。
「ロシアの侵攻によるウクライナ戦争では、ロシアの愛国教育の影響を耳にします。教科書は、将来の私たちの社会に大きな影響を与える問題で、ウクライナ戦争というタイミングで、この映画を多くの観客の方に見ていただけることになったのは意味があると思います」
ロシアのウクライナ侵攻には、プーチン大統領が5月9日の戦勝記念日の演説で語ったように、ウクライナ東部のドンパス地方やクリミアは、「我々の歴史的な土地」という歴史観があり、そこへのウクライナによる侵攻に対する「防衛」というのがプーチン氏の論理です。ロシアの教科書に、そこまで書かれているのかわかりませんが、「愛国教育」がロシア国内におけるプーチン大統領への支持を高めている背景にあるのでしょう。
日本の将来を背負う子どもたちがどんな歴史や社会を習っているのか、「教育と愛国」を考えるうえで、この映画は役立つ「教材」になっていると思いました。
(冒頭及び文中の写真は、MBSが公開しているチラシのコピー)
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