大手メディアが伝えない情報の意味を読み解く
情報屋台
社会
政治
経済

今や、ITビジネスこそ利権の「主戦場」

2020.08.30 Sun

権力を握った人たちは、その権力をどんな風に使って私腹を肥やそうとするのか。山形県の吉村美栄子知事とその一族企業グループの実態を調べ、2018年末から地元の月刊誌『素晴らしい山形』に連載記事を寄稿してきた。

私は30年余り新聞記者として働き、その間、いくつか調査報道も手がけたが、記者としての技量が足りなかったこともあって、いずれも中途半端な結果に終わり、きちんとした成果を上げることはできなかった。

その意味で、生まれ育った山形の政治の実態を調べて暴く今回の取材は、「在職中に成し得なかったことに再挑戦する試み」となっている。情報公開制度をフルに使って公文書の開示を求めることで、どこまで実態に迫れるか。そのケース・スタディでもある。

すでに67歳。体力も気力も現役の時とは比べものにならないほど衰えた。けれども、この調査報道によって、地方で何が起きているのか、それが中央の政治や行政とどのように連動しているのか、いくつか見えてきたことがある。

その一つが「利権の構造は、かつてとはまるで異なるものになってしまった」ということである。私が現役の新聞記者だった頃は、政治がらみのスキャンダルと言えば、土木建設の公共事業をめぐる汚職がメインだった。

だが、今の「主戦場」は土木建設事業ではない。情報技術(IT)をめぐる利権である。

日本の政治と行政のIT化は信じられないほど悲惨な状況にある。それを私たちは安倍政権の新型コロナウイルス対応で、目の当たりにすることになった。持続化給付金をめぐる経済産業省のスキャンダルはその典型だ。

コロナ禍で打撃を受けた中小企業や事業者を支援するこの事業では、膨大な数の企業と事業者にすみやかに資金を提供しなければならない。だが、お粗末なシステムしかない経産省にはその能力がない。結局、電通やパソナなどに事業を丸投げするしかなかった。

民間企業にとって、「ITを使いこなせない政治と行政」は「甘い汁を吸う絶好の場」となる。電通やパソナ、そして多くのIT企業はその機会を大いに活用したに過ぎない。

コロナ対策の要とも言えるPCR検査でも、厚生労働省のIT無能ぶりがあぶり出された。厚労省は傘下の国立感染症研究所と都道府県の衛生研究所・保健所を使ってPCR検査を進める態勢を作った。

ところが、一連の情報を統括するシステムがない。このため、検査の対象者とその結果について、彼らは「ファクスと電話」でやり取りするしかなかった。非能率と混乱の中でPCR検査が「目詰まり」を起こしたのは、当然の帰結だった。

PCR検査の遅れを「都道府県のシステムがバラバラで統一した運用ができなかったから」と弁明する者がいる。笑止千万の言い草だ。中央省庁のITシステムこそ「バラバラ」だからだ。一つの省庁の中ですら異なるシステムを使っており、全体を統括するシステムがないのだ。

都道府県の一番大きな仕事は「中央省庁からの補助金の分配作業」である。中央省庁がバラバラなシステムを使っているから、その補助金を配る都道府県も、それに合わせてバラバラなシステムを場当たり的に構築していくしかなかったのだ。

地方は、「中央省庁の信じられないほど悲惨なIT環境」に付き従って順次、システムを構築していった。その結果、都道府県のITシステムも「信じられないほど悲惨な状況」に陥ってしまったのである。

山形県知事の義理のいとこ、吉村和文氏はそういう状況を熟知し、それを実に巧みに使って自らの企業グループの業績拡大に活かしてきた。ある意味、見事なほどである。

月刊『素晴らしい山形』への私の寄稿は、8月までに19回を重ねた。同誌は9月号でこれまでの主な記事を一挙に掲載したが、ここでは、その一つ、2020年2月号の抜粋を再掲したい。「『棚からボタ餅』3連発、吉村一族企業の太り方」という記事である。

山形県知事の義理のいとこが率いる企業グループは「中央省庁と地方のIT無能ぶり」にどのようにして付け込み、どのような利益を得てきたのか。それは、私たちの納める税金がいかに浪費されてきたかを示すものでもある。

          ◇   ◇

吉村美栄子・山形県知事の義理のいとこ、吉村和文氏は1992年に「ケーブルテレビ山形」を設立して、政商としての第一歩を踏み出した。

ケーブルテレビ事業は当時の郵政省(のち総務省)が国策として推し進めたものだ。全国各地に自治体が出資する「第三セクター会社」を設立させ、ケーブル敷設費の半分を補助金として支給して広めた。普通の民間企業に対して、そのような高率の補助が与えられることはない。

ケーブルテレビ山形の場合も、県内企業に出資を募って設立した後、山形県や山形市など六つの自治体が計2900万円を出資して「第三セクター」としての体裁を整え、そこに億単位の補助金が流し込まれた。

時代の波に乗って、当初、ケーブルテレビ事業は順調に伸びていった。だが、IT革命の進展に伴ってビジネスは暗転する。一般家庭でもインターネットが気軽に利用できるようになるにつれ、「ケーブルを敷設して家庭につなげ、多様なテレビ放送を楽しむ」というビジネスモデルが優位性を失っていったからだ。

今や、若い世代は映画やテレビドラマを、主にアマゾンプライムやネットフリックス、Hulu(フールー)といったインターネットサービスを利用して見る。家でテレビにかじりつく必要はない。端末があれば、ダウンロードして都合のいい時に楽しむことができる。おまけに料金が安く、作品の質と量が勝っているのだから、当然の流れと言える。

(中略)

ケーブルテレビ各社は、敷設したケーブルを通してインターネットサービスを提供するなど生き残りを模索しているが、前途は容易ではない。ケーブルテレビ山形も2016年に「ダイバーシティメディア」と社名を変え、経営の多角化を図って難局を乗り切ろうとしている。

吉村和文氏が2番目に作ったのも「補助金頼りの会社」である。

2001年に経済産業省が「IT装備都市研究事業」という構想を打ち上げ、全国21カ所のモデル地区で実証実験を始めた。山形市もモデル地区に選ばれ、その事業の一翼を担うために設立したのが「バーチャルシティやまがた」という会社だ。ちなみに、当時の山形市長は和文氏の父親で県議から転じた吉村和夫氏である。

この事業は、国がIC(集積回路)を内蔵する多機能カードを作って市民に無料で配布し、市役所や公民館に設置された端末機器で住民票や印鑑証明書の発行を受けられるようにする、という大盤振る舞いの事業だった。登録した商店で買い物をすればポイントがたまるメリットもあるとの触れ込みで、「バーチャルシティやまがた」はこの部分を担うために作られた。

山形市は5万枚の市民カードを希望者に配布したが、利用は広がらなかった。おまけに総務省が翌2002年から住民基本台帳ネットワークを稼働させ、住基カードの発行を始めた。経産省と総務省が何の連携もなく、別々に似たような機能を持つカードを発行したのだ。「省あって国なし」を地で行く愚挙と言わなければならない。

全国で172億円を投じた経産省の実証実験はさしたる成果もなく頓挫し、総務省の住基カードも、その後、マイナンバーカードが導入されて無用の長物と化した。こちらの無駄遣いは、政府と自治体を合わせて1兆円近いとの試算がある。

国民がどんなに勤勉に働いても、こんな税金の使い方をしていたら、国の屋台骨が揺らぎかねない。だが、官僚たちはどこ吹く風。責任を取る者は誰もいない。政商は肥え太り、次の蜜を探して動き回る。

吉村和文氏は多数の企業を率いるかたわら、学校法人東海山形学園の理事長をしている。多忙で、学校法人が運営する東海大山形高校に顔を出すことは少ないが、それでも入学式や卒業式には出席して生徒に語りかける。

彼のブログ「約束の地へ」によれば、2014年4月の入学式では「自分と向かい合うこと、主体的に行動すること」を訴え、さらに「棚ボタとは、棚の下まで行かなければ、ボタ餅は受け取れない。だから、前向きの状態でいること」と述べた。

いささか珍妙な講話だが、彼が歩んできた道を思えば、意味深長ではある。

彼にとっては、郵政省のケーブルテレビ事業が第1のボタ餅、経済産業省のIT装備都市構想が第2のボタ餅なのかもしれない。そして、3番目が2007年頃から推し進められたユビキタス事業である。

ユビキタスとは、アメリカの研究者が考え出した言葉で、「あらゆる場所であらゆるものがコンピューターのネットワークにつながる社会」を意味する。衣服にコンピューターを取り付け、体温を測定して空調を自動調節する。ゴミになるものにコンピューターを取り付け、焼却施設のコンピューターと交信して処理方法を決める。そんな未来社会を思い描いていた。

日本では、坂村健・東大教授が提唱し、総務省がすぐに飛び付いた。2009年にユビキタス構想の推進を決定し、経済危機関連対策と称して195億円の補正予算を組み、全国に予算をばら撒いた。補助金の対象はまたもや「自治体と第三セクター」である。

山形県では鶴岡市や最上町とともにケーブルテレビ山形が補助の対象になり、「新山形ブランドの発信による地域・観光振興事業」に5898万円の補助金が交付された。その補助金で和文氏は「東北サプライズ商店街」なるサイトを立ち上げ、加盟した飲食店や商店の情報発信を始めた。そのサイトによってどの程度、成果が上がり、現在、どのように機能しているのかは窺い知れない。

だが、ITの技術革新は研究者や官僚たちの想定をはるかに超えて急激に進み、「ユビキタス」という言葉そのものが、すでにITの世界では「死語」と化した。スマートフォンが普及し、「あらゆる場所で誰もがネットワークにつながる社会」が到来してしまったからだ。

日本の政府や自治体がIT分野でやっていることは、IT企業の取り組みの「周回遅れ」と言われて久しい。周回遅れのランナーが訳知り顔で旗を振り、実験やら構想やらを唱えるのは滑稽である。その滑稽さを自覚していないところがいっそう悲しい。

この国はどうなってしまうのだろうか。「世の中、なんとかなる」といつも気楽に構えている私のような人間ですら、時々、本当に心配になってくる。

(月刊『素晴らしい山形』2020年2月号から抜粋、一部手直し)

 

≪写真説明≫

上記の記事を含め、連載の主な記事を一挙に掲載した月刊『素晴らしい山形』2020年9月号の表紙。

人物は吉村美栄子・山形県知事と義理のいとこ吉村和文氏、山形県の社民党や共産党の幹部ら。


この記事のコメント

  1. 佐藤正彰 より:

    素晴らしい山形長く愛読しています。
    長岡さんの記者経験に基づいた明確な分析、相澤氏の難解な?文章よりも読みやすく納得しております。
    今回の情報公開も結局県が手続きをさぼっていたことがバレただけと言う、しかも最高裁まで?考えられません。
    これからも山形のおかしいところビシビシ指摘してください。

  2. 長岡昇 より:

    佐藤正彰さん、コメントありがとうございました。
    現役の記者とは違ってヨボヨボですから、「ビシビシ」とはいきませんが、気長にコツコツと調べて書いていくつもりです。これからもご愛読ください。

コメントする

内容をご確認の上、送信してください。

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)

社会 | 政治 | 経済の関連記事

Top