一瞬の輝き、一瞬のきらめき
雪が降る、側溝に捨てる。雪が降る、側溝に捨てる――北国の冬の暮らしはその繰り返しです。側溝がないところは、除雪機かスコップで雪を投げ上げるしかありません。のしのしと雪が降る日には50センチほど積もることもあり、一日に何度も雪かきをしなければなりません。楽な暮らしではありませんが、誰もぼやいたりしません。
春になれば、降り積もった雪が少しずつ解けて田畑を潤してくれます。深山の雪は初夏まで残って沼を満たし、日照りの心配をする必要はありません。土に生きる人々にとって、冬の雪は恵みでもあることを知っているからです。
スキーという楽しみもあります。あらゆるスポーツの中で、私はスキーが一番好きです。身を切るような寒さの中を滑り下りる爽快さは、何とも言えません。雪かきのしんどさも吹き飛ばしてくれます。しかも、山形には蔵王(ざおう)という広々としたスキー場があります。朝、久しぶりに空が晴れ渡ったら、「今日は蔵王で滑ろう」と気軽に出かけることもできます。新聞記者時代のスキー仲間からは「贅沢だなぁ」と羨ましがられています。
先週の週末、その友人たちと蔵王で恒例のスキー合宿をしました。昼はスキー、夜は温泉三昧。年に一度の楽しい会ですが、今年は仲間の一人が蔵王の山と雪をテーマにした写真集を見つけてきました。温泉街で働いている鏡學(かがみ・まなぶ)さんが自費出版した本です。出版社は地元山形市の小さな会社、部数も700と少ないのですが、驚くべき写真集でした。
表紙は、厳冬期の蔵王・地蔵岳の黎明をとらえた作品。夜明けのかすかな光を浴びて、稜線が黄金色に輝く。陽光が雪原に淡く流れる。この一瞬をとらえるために、鏡さんは何回、雪に埋もれて夜明けを待ったことか。珠玉の一枚です。蔵王名物の樹氷の間を若いカップルがスノーボードを抱えてゆっくりと歩いていく写真もいい。周りは氷点下のはずなのに、ほんのりとした温かみが伝わってくるのです。
どの作品からも蔵王に対する撮影者の愛情があふれ出てくるのですが、「この写真集から一枚だけ選ぶとしたらどれか」と問われれば、私は新雪に包まれた紅葉の写真を選びます。蔵王の初雪は早く、ブナやカエデの紅葉が終わらないうちに山は白銀に染まります。そこに薄日が差す。すると、真っ白な木々の間から、また紅葉が姿を現すのです。この世のものとは思えないような色彩。森の妖精がひそんでいるような世界。これまた、何度もトライして、ようやくとらえた一瞬でしょう。
撮影した鏡さんは福井県敦賀市の生まれ、66歳。東京でデッサンを学び、各地で商業用の写真や自然の写真を撮り続け、8年前に奥さんの実家がある山形県上山(かみのやま)市に移ってきました。蔵王のふもとの街です。これを機に、蔵王の撮影に本格的に取り組み始めました。「それまでは仕事で撮ってきました。やっと、自分の好きなものを納得がいくまで撮れるようになりました」と鏡さん。それから6年。蔵王に通い続けて撮った写真から選び抜いて、2014年に出版したのがこの写真集です。
温泉街で写真集を見つけてきた友人は「いいものは埋もれていくんだよ」と言います。その通りなのかもしれません。ですが、この世の中には「いいものを埋もれたままにしておいてなるものか」と思う人もいる、と信じたい。
*写真集のタイトルは「Zao can be seen from my room」、3600円
問い合わせは鏡學さんの下記のメールアドレスか電話へ。
メール:kagami-24@ab.auone-net.jp
電 話:023-672-6856
≪写真≫ 鏡學さん提供
前の記事へ | 次の記事へ |
コメントする