コロナ対策で目立つちぐはぐ行政
新型コロナウイルに対する安倍政権のちぐはぐな対応ぶりが目立ちます。国の専門家会合が「今後1~2週間が急速な拡大に進むか、収束できるかの瀬戸際」という感染についての見解を示したのが2月24日、これを受けて厚労相が企業などにテレワークや時差出勤、イベント開催の見直しを呼びかけたのが25日、首相がスポーツ・文化イベントの開催を2週間自粛するように求めたのが26日、そして、27日に首相が全国の学校の休校を要請、さらに29日になって、首相は記者会見を開いて国民に理解を求めました。
厚労相の時差出勤などの呼びかけから首相の全校休校の要請まで、その根拠にしているのは、専門家会合での知見です。なぜ、同じ知見に基づいて、次々に異なる「要請」がさみだれ式に出されたのか、そして、もっとも大切な国民の理解を得るための記者会見が専門家会合から5日後になったのか、さらにいえば、その記者会見で休校などに伴う保護者などへの休業対策に言及したものの、その具体策がすぐに示されず、3月2日になって厚労省が1日最高8330円などとする企業への助成金の内容が示されることになったのはなぜか。これらの疑問に一言で答えようとすれば、危機管理能力の欠如と言うしかありません。
さかのぼれば、新型コロナウイルスによる肺炎の集団発生が伝えられたのは昨年末で、中国武漢市で感染者が拡大するなか、日本で最初の感染者が確認されたのは1月15日でした。中国の春節(2020年は1月25日)を迎える時期で、日本にも大勢の観光客が中国から訪れていましたが、政府は国内での医療・検査体制の対応は示さず、2月1日から武漢を含む湖北省からの渡航者の入国を禁止する「水際措置」しか打ち出しませんでした。
日中間の人的な往来が盛んになっているなかで、水際作戦だけでは国内での流行は防げない、と感染症の専門家は口をそろえていました。また、患者の入院勧告などを定めた指定感染症法による「指定」ではなく、政府が「緊急事態」宣言をしたうえで、都道府県が必要な物資の調達を業者に要請したり、劇場などの使用制限を求めたりできる新型インフルエンザ等特別措置法(新型インフル特措法、2012年施行)を適用すべきだ、という意見も出ていました。1月末から2月初めにかけての時点で、専門家を集めて意見を聴けば、もう少しましな対応ができたのではないでしょうか。
◇クルーズ船対策とPCR検査対応の誤り
2月4日に横浜港に接岸したダイヤモンド・プリンセス号の乗客・乗員に対する「隔離政策」は最悪の結果となり、同船からは700人を超える感染者を出すことになりました。2月18日に同船に乗り込んだ岩田健太郎・神戸大学教授の「告発」がなければ、レッドゾーン(感染リスクのある場所)とグリーンゾーン(感染リスクのない場所)との区分け(ゾーニング)などが徹底されることはなく、同船の「培養器」状態は、さらにひどくなっていたと思います。
同船での「隔離」が始まったのは2月5日からですが、14日という潜伏期間を過ぎたいまでも下船した乗客から感染者が出ています。これは、2月5日以降に船内で感染したと考えるべきで、隔離の効果が少なかったことになります。結果的には、米国などがチャーター便で帰国させた人たちをさらに2週間隔離した措置が正しく、19日以降、下船した人たちを通常の生活に戻した日本政府の判断は間違いだったことになります。
このクルーズ船には、厚労省の副大臣や政務官、審議官らが乗り込んでいたそうですが、この人たちは、クルーズ船の乗客・乗員の生命と健康をちゃんと守ることもできず、日本の危機感能力のなさを世界に示した責任をどう考えているのでしょうか。感染リスクが高いなかで、クルーズ船に入ったことには敬意を表しますが、そのことで結果責任を免れることはできません。
ちぐはぐな対応の極めつけは、コロナウイルスを判定するPCR検査の体制を整えることができなかったことです。ダイヤモンド・プリンセス号での対応を誤った原因のひとつも、乗客・乗員全員のPCR検査ができなかったことです。民間の検査機関を使えるようにすれば、検査数を飛躍的にふやすことができたはずです。
「来週中にPCR検査に医療保険を適用致します。これにより、保健所を経由することなく、民間の検査機関に直接調査依頼を行うことが可能となります」
上記は、首相が記者会見で約束したPCR検査についての新しい仕組みですが、専門家たちがはじめから求めていた内容で、なぜ、ここまで遅れたのか、今回の政府対応の“失敗”のなかでも、いちばんの謎だと思います。
いま、「謎解き」で言われているのは、感染症対策の担当である国立感染症研究所が民間に任せることで、検査の一元化という縄張りを侵されることに抵抗したとか、民間に任せるための前提となる医療保険の適用を認めると医療保険の支出が膨らむ、といったものです。もし、そうであるなら、新しい感染症の拡大という“国難”に対しては、ささいな問題ですね。
◇軽症者は自宅待機でいいのか
2月25日の厚労省の基本方針では、今後、地域で患者数が大幅にふえた場合には、一般の医療機関でも感染を疑う患者を受け入れ、重症者を感染症指定医療機関に回す仕組みを整えるとともに、「風邪症状が軽度である場合は、自宅での安静・療養を原則」とすることが書かれています。
これも不思議な方策です。というのは、この方針は、「軽度な風邪症状」のなかにも、コロナウイルスの感染者がいるという前提だと思います。そうだとすれば、軽症者を放置するのではなく、感染の拡大を防ぐためには、検査による早期発見が必要だからです。本人が軽症で自宅療養していても、家族など濃厚接触者が感染した場合、その家族を通じて外部に感染を広める可能性があります。また、軽症だったのが急速に悪化して重症化することもあるのが新型ウイルスの特徴のひとつとされています。軽症の放置は、ただの風邪なのか、コロナウイルス感染なのかで、家庭での対応は全く異なるのを無視した対応だと思います。
風邪などの軽症者が大量に医療機関に押し寄せることで院内感染が起きたり、診療ができず医療崩壊になったりするのを防ぐというのであれば、発熱外来を分けたり、それでも対応しきれないなら、医師が作成する検査許可証みたいなもので、検査だけを受け付ける検査センターを臨時に設けたりするなどの対応も可能だと思います。
新型コロナウイルスの感染者は、政府は指定感染症法に基づいて指定感染症となりました。そうなると、隔離のために「患者に対する入院措置」が必要となるはずで、「軽症の自宅待機」と矛盾します。検査を拡大すれば、軽症のコロナウイルスの感染者が大量に発見されて、その人たちを隔離すると、重症者を収容する病床がなくなる、というのでしょうか。
これも検査の拡大に厚労省が抵抗している理由なのでしょうか。そうだとすれば、指定感染症に指定したことが間違いで、このボタンのかけ違いがその後のちぐはぐ行動を誘発しているということになります。
◇学校の休校は不可欠なのか
首相の休校要請も不思議です。検査体制が不十分だったため、その根拠となるデータが乏しいままでの見切り発車となりました。クルーズ船とチャーター便の感染者を除けば、国内で感染が確認された人は3月3日現在で約250人ですが、本当にこれだけの数であれば、感染者の確認されていない県も含めて、全国の学校に休校を要請する必要性に疑問符が付きます。専門家会合でも、休校の話は出ていなかったといいます。
それでも専門家が休校の効果を否定しなかったのは、「実際の感染者は、200人というレベルではない」という暗黙の認識があるからかもしれません。しかし、本当にいまが「瀬戸際」であるのなら、学校に通う児童や生徒ばかりでなく、満員の通勤電車で職場に通うお父さんやお母さんにも、出勤を控えるように求めるべきではないでしょうか。首相は会見で、「何よりも子どもたちの健康、安全を第一に」と述べていましたが、それほどの危機感があるのなら、もっと感染リスクの高い保護者が休業できるように、もっと積極的に自宅勤務や休業を企業などに要請するべきではないでしょうか。
それができなかったのは、言うまでもなく、経済活動が停滞することで、景気が悪化することをおそれたからだと思います。しかし、確認されたよりもはるかに多い感染者がいるのなら、おとなたちの勤務が変わらず満員電車の通勤が続くなら、感染の拡大は避けられず、子どもたちの休校が無駄に終わる可能性もあります。
◇官邸主導の危うさ
なぜ、これほど政府のちぐはぐな対応が続くのか、危機管理能力の欠如だと冒頭で述べましたが、これは首相を含めた個々の人間の能力という意味ではなく、政権全体として危機管理が機能しているかどうかの問題だと思います。
今回の新型コロナウイルスで関係閣僚会議が開かれたのは1月21日で、1月30日には、「新型コロナウイルス感染症対策本部」が立ち上がり、3月1日までに、16回の会議が開かれています。官邸の資料によると会議時間は10~15分間です。関係閣僚や官僚による報告と首相の指示が主で、議論はほとんどないようですから、小泉環境相らが代理出席ですまそうとしたのもわかります。
対策本部の会議で議論しなくても、新たな問題が発生すれば、担当する役所が官邸に報告するし、役所を横断するような対策は官邸が主導して打ち出すから大丈夫だというのでしょう。しかし、これまでの政府の対応がちぐはぐな原因は、政権内の議論不足だと思います。
首相は会見で、今回の感染症対策を「戦い」だと言いました。首相の定義では「募る」と「募集」は違いますから、「戦い」と「戦争」は違うかもしれませんが、今回の感染症対策を「戦争」になぞられえるなら、前線からの報告が逐次あがってくるオペレーションルーム(作戦室)に最高指揮官は詰めて、リアルタイムでの情報に接しながら、現場の責任者や作戦参謀との協議する必要があります。戦争には、戦場という現場があり、現場からの情報が十分に考慮されない作戦は失敗します。
今回の休校要請については、その現場からも、その必要性と効果に疑問の声が出ています。それに伴う現場の混乱や経済的なコストについての議論も十分になされたとは思えません。学校教育は、文科省の学習指導要領にがんじがらめに縛らていますから、1週間の休校でも、指導要領に沿った教育を消化するのが難しくなります。教育を担保するには、休校中の宿題が必要で、準備期間もないなかでの休校要請に教員のほとんどがとまどったことだと思います。休校中の宿題づくりに追われている先生たちが今もいるのではないでしょうか。
日本の政治家は能力がないが、官僚がしっかりしているので、国家運営は機能する、といわれてきました。しかし、人事権を官邸が握り、各省庁が考える順当な人事を無視した官邸主導人事が行われ、政策も各省庁からの積み上げではなく、官邸主導で指示が降りてくる、という運営が繰り返されれば、役所の士気が下がるのは当然で、官邸の意向に反する意見や提案があがってくることも少なくなるでしょう。
今回の休校をめぐっては、自治体の対応が分かれました。学校の現場や実情により近い自治体で、対応が異なるのは当然だと思います。地方の独自性が尊重されたわけですが、首相は感染症対策の立法措置をすると言明、新型インフル特措法と同じような内容になると伝えられています。それならインフル特措法を新型コロナウイルスにも適用するという改正案をすぐに出しておけば、審議の内容は限定されますから、数日で成立すると思います。首相が新法にこだわっているのは、インフル特措法よりも強い権限を政府が持つことを考えているのかもしれません。そうなると審議に時間もかかりますし、そうした法律が施行されれば、自治体が独自の判断などできなくなるかもしれません。
「鯛は頭から腐る」と、国会で野党議員が発言、これに首相が反発して野次を飛ばした出来事がありました。現場からの情報が官邸にちゃんと伝わらなければ、新鮮な血液が頭に循環しないのと同じで、からだは機能不全におちいります。官邸主導が悪いとは思いませんが、より的確な情報や提案が現場から伝わらなければ、首相の思い付きで「戦争」が遂行されることになりかねません。北朝鮮が「飛翔体」を発射しました。コロナウイルスで見せた危機管理で、国家の安全保障が左右されるのかと思うとそらおそろしくなりました。
(冒頭の写真は、中国以外の感染リスクも「非常に高い」となったWHOの日報)
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