アフリカに手を差し伸べる「あしなが育英会」
セクハラという言葉もジェンダーという言葉も、まだ世間では使われていない頃の話です。朝日新聞に入社して配属された静岡支局には独身の男性記者が5人、事務の女性スタッフが2人いました。妻子持ちの記者がこの7人を馬に見立てて、「結婚予想レース」なるものを貼り出しました。クラシック音楽好きのもっさりした記者は「クマノハチゴロー」、少し優柔不断なところのある記者は「ヤイタノグズル」といった具合です。
女性の馬名がすごい。結婚願望が強い女性には「ウンノテキレイ(適齢)」、入社したての女性には、なんと「ホウマン(豊満)チブサ」と付けたのです。今なら、とても許されない命名です。私の馬名は「レイケツ(冷血)ノボル」。これも今ならパワハラと言われるかもしれませんが、私は意外と気に入っていました。どんな時でも冷静さを失わず、しつこく取材する。褒め言葉と受けとめたのです(昔から能天気でした)。
レースのその後の展開はともかく、私の冷血ぶりは今も変わりません。街頭で署名や募金を呼びかけられても、一瞥もくれず通り過ぎるのが常です。誰が何のために署名や寄付金を使うのか、知れたものではないからです。ただ、そんな冷血人間がつい募金箱にお金を入れてしまうことがあります。遺児の教育支援を呼びかける「あしなが学生募金」です。高校生が懸命に「お願いします!」と声を嗄らしているのを見ると、足が止まってしまうのです。
「あしなが育英会」は1960年代に、交通事故で親を亡くした遺児の進学を応援するために作られました。その後、交通事故だけでなく、病気や災害の遺児にも奨学金を支給するようになり、5200人の高校生や大学生に24億円の奨学金(2015年度実績)を貸し出しています。政府から補助金を受けたりせず、すべて寄付でまかなっているところがすごい。奨学生のために学生寮を建て、彼らが交流するための施設をつくるなど、運営もスマートです。
この秋に寄付した際、小さなチラシをいただきました。書かれていることを読んで、仰天しました。「あしなが学生募金」の半分は、今ではアフリカの苦学生のために使われている、と書いてあったからです。日本には進学したくてもできない若者がたくさんいる。けれども、アフリカにはもっと厳しい状況にある若者が無数にいる。そこで「アフリカ遺児高等教育支援100年構想」というプロジェクトを始めたのです。
「100年構想」の特設サイトがあり、内容が紹介してありました。アフリカのサハラ砂漠以南にある49カ国から毎年1人ずつ世界の大学に留学させることを目指すプロジェクトです。支援の対象に選ばれた学生たちはまず、ウガンダにある「あしながウガンダ心塾」で留学の準備をして、世界各地の大学に巣立っていくのです。2014年の第一期生10人の中に、隣国ルワンダの女子学生がいました。
「両親は私が2歳の時に反乱軍の犠牲になり、私は完全に孤児になってしまいました。あしながは私にとって第二の家です。先生や仲間の励ましのおかげで、素晴らしい将来を想像できるようになりました。これまでずっと貧困に苦しんできたので、将来は国際ビジネスを勉強して自立し、自分の会社を作りたいです」。
アフリカでは今でも紛争が絶えず、幼い子どもが酷使され、次々に死んでいっています。原因はいくつもあるでしょう。が、私には奴隷貿易の歴史がいまだに尾を引いている面がある、と思えてなりません。16世紀から300年余り、アフリカからは推定で1250万人を超える黒人が北米や中南米などに奴隷として売られていきました。白人たちは健康で働けそうな者だけを連行して船に乗せました。航海の途中で病死すれば、海に投げ捨てられるのが常でした(『環大西洋奴隷貿易 歴史地図』参照。奴隷貿易の総数については諸説ある)。
頑健な働き手をごっそり失ったアフリカの社会はその後、どのような道をたどったのか。想像するだけで胸が痛みます。コロンブスのアメリカ到達に象徴される大航海時代の始まりは、アフリカにとっては「大惨事の時代」の始まりだったのです。日本の中学や高校の歴史の教科書がそのことをあまりきちんと書かないのは、欧米を通して世界を見る習性が染みついているからでしょう。
東京大学名誉教授が著した『図説 大航海時代』という本は、スペインやポルトガルがいかにして世界の海に繰り出し、戦い、征服していったかを延々と綴っていますが、それによって奴隷の搬出地アフリカや移動先の南北アメリカで何が起きたのかについて触れることはない。アメリカの西部劇が騎兵隊や開拓者の側から描かれるのと同じです。敗者のことが念頭にない。いや、視野に入れようと思い付くことすらない。
歴史を広い視野から問い直し、学び直す。21世紀はそういう世紀になるような気がします。「あしなが育英会」にはそれが分かっていて、実践しているのだと思う。だから、このプロジェクトは胸を打つ。
「私たちの国で留学しているのは、多くが英国や米国といったかつての宗主国です。でも、私はそうしたアフリカにとって身近な国ではなく、世界でも特別でユニークな文化を持つ日本で学びたいと考えました。私はそうしたユニークな考え方をアフリカに持ち込みたいと考えているからです」。
私たちの国、私たちの社会の希望とは何なんだろうか。それを考える糸口を「あしなが育英会」とアフリカから世界の大学に飛び立った若者たちに教えてもらったような気がします。
【追補】
「あしなが育英会」は発足して半世紀になります。創設者の玉井義臣(よしおみ)氏(82)が会長をつとめ、役員には下村博文・元文科相や有馬朗人・元東大総長、明石康・元国連事務次長らが名を連ねています。法人格はなく、任意団体のままです。事業報告や収支報告を公開していますが、詳しい会計内容とりわけ支出の詳細は開示していません。事業規模が58億円(2015年度)に達し、多くの人の善意に支えられていることを考えれば、収支を一層透明にすることが望まれます。
≪参考文献&サイト≫
◎「あしなが育英会」の公式サイト
http://www.ashinaga.org/
http://www.ashinaga.org/about/report.html
◎『第95回あしなが学生募金』のチラシ
◎「アフリカ遺児高等教育支援100年構想」とは
http://ashinaga100-yearvision.org/year100/
◎「アフリカ遺児高等教育支援100年構想」で世界の大学に留学した第一期生の顔ぶれ
http://ashinaga100-yearvision.org/year100/class2014/
◎『環大西洋奴隷貿易 歴史地図』(デイヴィッド・エルティス、デイヴィッド・リチャードソン共著、東洋書林)
◎『図説 大航海時代』(増田義郎、河出書房新社)
◎あしなが育英会の奨学生のつどい(同会の公式サイトから)
http://www.ashinaga.org/activity/index.html
©あしなが育英会
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