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小川和久氏の「日米同盟のリアリズム」に顕れた優れた専門性

2017.09.09 Sat
政治

平成29年(2017)9月
仲津真治

小川和久氏は、マスコミの経験があり、防衛大学校の卒業ではありませんが、
自衛隊出身で私と同年配、大変軍事や防衛問題に詳しく、所謂軍事アナリストと
言われ、外交・安全保障・危機管理の分野で政府の政策立案に携わっている
専門家です。 著書多数在る中、この程、「日米同盟のリアリズム」という書を
ものにされました。 文春新書でして、早速手にした私は、多くの知らない分野
の用語に悩まされながらも、何とか読み終えました。

其処で、あまたの専門的見識に触れましたので、また時宜に叶いますゆえ、その
中の幾つかの点に触れておきたいと思います。

(1)  著者は、現米政権のペンス副大統領の、2017年の4月19日の演説を特に
注視すべきだとします。 この演説の中で、ペンス氏は「米国の持てる全戦力で
日本を防衛する」と明言しているのです。 普通に聞くと、「同盟国として日本
防衛の義務を果たす」と言う型どおりの声明ですが、それは日本の戦略的重要性
をふまえ、米国が米本土と同様に位置づけ、死活的に重要だとしている日本列島
を文字通り守り切ろうとする決意表明だと言う事が理解できると申します。
そして、著者はその実践内容を更に具体的に述べています。

(2) インドは何故大国になれたか

インドは核拡散防止条約(NPT)に加盟していません。この政策には疑問があり、
現に国際的に非難を浴びていますが、インドはそれに耐えながらも、核戦力を持
ち、弾道ミサイルを保有しています。そして現在の国際的地位を確保しています。
核武装の理由として、インドの軍の高官は筆者に拠れば、「時代遅れかも知れま
せんが、チャイナとの均衡を取るためです。 同国に対抗できなければ、今後
インドは生き残れません。」と明言している由です。其の一方で、インドは非同
盟諸国のリーダーとして平和国家のイメージすらまとっており、今や、世界経済
の牽引車としての期待感すら持たれています。

一方隣りの北朝鮮は、核武装しつつあり、中長距離のミサイルも持ち、その実験
試射を繰り返して、自ら孤立化し、挑発的態度を変えず、強く警戒されています。
極めて対照的と言わなければなりません。

この点我が国は徹底しています。 日米安保による抑止と防衛体制を堅持しつつ、
非核三原則を国是とし、平和と国際協調を保っています。諸課題はありますが,
基本は維持すべきでしょう。

(3)  中国共産党の軍隊

自由民主体制を取らないチャィナは、中国共産党の一党独裁体制です。
全てを共産党が領導するのがチャィナであり、共産党が国家よりも上位に置かれ
ているのです。 即ち、党と国家なのです。 1978年の改革開放以降も、これは
変わりません。

この大国の軍事力を統制しているのは、 中国共産党中央軍事委員会です。
人民解放軍と呼ばれる軍隊は、党の軍事部門であり、党中央指導部は、「党の軍
に対する絶対的指導」という原則を確保するとともに、人民解放軍も自らに対す
る党の優位を確認してきました。

共産党支配の力の核は、この軍ですが、そのトップは中央軍事委員会の主席です。
かつて、鄧小平は西側で最高実力者と呼ばれていましたが、ポストは国家主席で
もなく、党の総書記でもなかったのに、そう言われていたのは、この党中央軍事
委員会の主席ゆえであり、その地位は生涯離しませんでした。

共産党の軍に対する優位、それは、あの軍事パレードで典型的に示されると言い
ます。 人民解放軍には政治将校が居て、軍の指揮官と同格と言い、隊列の先頭
に必ず其の二名が並ぶと言います。各々進行方向に向かって左が政治将校、右が
軍の指揮官の由です。

因みに、ソ連が崩壊したとき、「そうなってしまったのは、ソ連の赤軍が共産党
の指令に従わなかったからだ。」と見るのが、中国共産党の見解の由です。
軍が党を支えなかったからだと言うのです。

(4)  劉源上将の戒めの言

2013年に起きた、海上自衛隊の哨戒ヘリに対する、チャイナ側のレーダー照射事
件について、著者は一回目の照射ケースに対し、二回目の対護衛艦ケースとの間
に、11日間も空白の期間が有ったことに注目しています。 万が一の事態が起き
る恐れがある緊張した状況の中で、チャイナ側の艦の政治将校には、対応を判断
する権限は無かったと推測され、詰まるところ党中央軍事委員会に御伺いを建て
たものと推量される由です。 それは血気にはやる現場を沈静化させるため、或
る程度の冷却期間を取った面もあるようです。ただ、接近してきた日本側の護衛
艦に対し、チャイナ側は「沈黙したままでは、面子が立たないので、軍事衝突を
招かないレヘルで反応をすると言う、実に良く練った策略」であった可能性が極
めて高い。」と著者は見ているようです。

これが二回目の照射となった分けですが、其の直後、人民解放軍内部の対日
強硬論に釘を刺すかのように、軍の最上層部から戒めの言が繰り返されたと申し
ます。それは劉源上将によって発せられました。 この人物は「劉少奇元国家主
席」の子息で、習近平現国家主席の幼なじみと申します。

劉上将はまず、党機関誌である人民日報系列の「環球時報」の2月4日号に、
「戦略的機会」の時期を確保せよー戦争は最後の選択」という論を寄稿しました。
ここに「戦略的機会」とは、故鄧小平が示した概念で、「世界大戦の危険が無く、
チャイナが経済発展に集中できる時期」を指していると申します。 此処で、
劉上将の独自の避戦論が展開されます。 戦争は国家にとって最後の選択と
言うのです。

曰く、「チャイナの経済建設は日清戦争と日中戦争によって中断された。今も
偶発事件から、戦争が起き、中断される危険があるが、それはチャイナの成長を
恐れる米国と日本の罠であり、陥ってはならない。」と言うのです。 この辺り、
歴史的事実に反し、彼の国の独特の受け止めか方やものの言い方を物語っていて、
要注意ですが、著者は全人代初日3月5日の記者会見での劉上将の見解を再度引い
て、ポイントを記しています。 それは、要約すれば「鄧小平の方針に従い、知
恵のある世代が現れるまで紛争を棚上げすべきだ。」と言うものです。

なお、劉上将は最近軍籍を離れた由です。

(5)  禁反言(エストッペル)の法理と尖閣諸島

此処で、著者が記している大事な点を引用しておきます。

禁反言の法理とは、「一旦、或る当事者が事実であると主張し、相手方が
それを前提として行動した場合、主張した側は前言を翻して利益を得ては
ならない。」とする考え方と言われます。 単に、「前言を変えてはならない」
というのではなく、「前言を受け、それを前提として相手方が行動した場合は、
その前言は変更できない」と云うことになりましょうか。

これを尖閣諸島のケースに当てはめますと、1970年以前、中国は米国統治下の琉
球諸島の一部である尖閣諸島について、しかも尖閣諸島と表現する形で、琉球諸
島住民による自己決定が行われるよう、米国に要求していました。日本は当然の
ことながら、これを前提として行動し、尖閣諸島を含む琉球諸島は日本に返還
されました。

つまり、「チャイナは琉球諸島が日本に返還される場合には、尖閣諸島も日本に
返還されるべきだとする米国と日本の立場に同意していたことになります。

この趣旨の主張に対し、チャイナ側の反論は見られません。

斯くて、著者は、(この法理の適用について)、「チャイナとの関係を、日本の国
益に沿って健全に維持する上で、視野に収めておくべきだ」としています。

因みに、島をめぐる紛争などに関する国際司法裁判所の幾つかの判例は、これま
で禁反言の法理に基づく一般原則が適用されている由です。

(6)  抗日戦争勝利の軍事パレードで見せたかったもの

チャイナの2015年9月3日の抗日戦争勝利七十周年のパレードは、いろいろの評価
があります。  日中戦争については、国共合作の下、毛沢東の軍勢はその勢力の
温存に熱心で、あまり日本との戦いの正面に立たなかっと言われ、対日主力は
中華民国の軍隊、つまり国民政府軍でした。  また、帰趨を決した太平洋戦争
と言われた対日戦で、日本側を圧倒したのは、主として米国でした。こうした客
観的事実から、このバレードは何か変だとして、主要国は概ね欠席、とりわけ西
側諸国からは、韓国とあと一カ国のみが参列したのです。

とは言いながら、著者は専門家として、このパレードをチャイナが進める軍事戦
略の集大成と言えるものだと見ている由です。

それは第一に、この軍事パレードで現習近平体制が揺るぎないことを国内外に
示したことと申します。 因みに、世界の情報関係者の目を奪ったのは、大規模
な隊列の先頭に横一列に並んだ五台のオープンカーでした。 車上には、陸・海
・空軍、第二砲兵(戦略ミサイル部隊)、武装警察の中将五名が直立不動の姿勢で
立ち、習近平国家主席に敬礼を送りました。 チャイナでは、将軍や提督はパレー
ドに出ず、天安門の特別席から観閲するのが常でした。 従って、これは異例中
の異例と言うことになります。

第二に、人民解放軍が、接近拒否戦略を軸に、着実な軍備の増強整備を進めて
いることを誇示した点、また、三十万の兵力削減を謳い、その平和主義を
アピールした点と申します。

(7)  北朝鮮の砲撃ショー

最後に、北朝鮮に戻りますが、次のような指摘を見て、専門家の視点を
実感したものです。 見せている側は、北朝鮮人民軍の軍備の偉容を誇示した
積もりのようなのですが、そうでない所が露見しているようです。

その演習は、2017年4月25日、元山付近の海岸で行われたもののようで、テレビ用
に撮影されたものです。 野戦砲と多連装ロケット計三百ないし四百門を並べて
あって、猛烈な砲火の映像は、「ソウルを火の海にする」と威嚇を将に実示した
感がありました。

しかし、陸自の砲兵(特科)の印象は随分と違っていたと申します。 大がかりな
政治ショーだと言うのです。

1)  先ず、野戦砲や多連装ロケット三列横隊に並べているが、前後が二十m
しかなく、それで火薬を実戦用にすれば、前の兵士に危険が及ぶこと。

2)  また、発射時の砲の後座が小さく、後ろへ砲身があまり下がれないと見られ、
つまり、火薬量を大幅に減らしていると見られること。

3)  TOT (タイム・オン・ターゲット) つまり、同時弾着射撃が行われていない
こと。
これは集中砲火などを浴びせるとき、発射が各々違っていても、着弾は同時で
破壊力が大きくなる。

4)  それに全体の印象として、発射か整然と行われていないこと。

これは練度の問題とみられると言う。

仲津 真治


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