デジタル時代のメディア、特に新聞社に期待すること(中)<論座から再録>
テーマに基づき再構成するフロー化「プレイリスト」
以前提案した「プレイリスト」も、ストックのフロー化という概念のひとつです。すでにデジタル版で見られる例としては、プレイリストとは呼んでなくても、「特集」や「連載」というメニューの中の、特定テーマでくくった記事集として掲載されているのがそれに当たるでしょう。朝デジでは、「注目の連載」といったコーナーがあったりして、努力をしていることはわかります。さまざまな種類のニュースレターもたいていプレイリストになっています。
ただ、私があえてプレイリストと呼びたいのは次の二つの意味を込めてのことです。
1.作成者 ニュースサイトの編集者だけでなく、社内外の個人が署名入りで取り組む。
2.選択対象 記事の掲載時期や(政治、経済等の)ジャンルにとらわれず、何らかのテーマを設定して構成する。
作成の際、記事検索が機能として必要になりますが、朝デジも毎デジも検索できる対象期間は過去5年間となっています。それに対して、ニューヨーク・タイムズのデジタル版を見ると、なんと1851年の創刊年からの記事が付加料金無しで検索できるのは驚きです。日本の新聞社の場合、記事検索のサービスが独立のビジネスになっているという事情がありますが、読者にとってはせっかくの立体特性が十分には生かされていないと言えるでしょう。
ワンソース・マルチユースの発想で複数の“箱庭”を
Yahoo!ニュースやスマートニュースのことをプラットフォーム型ネットメディアと言いましたが、新聞社などが提供する記事群(データベース)の中から選んで発信しているという意味でキュレーションメディアだとも言えます。その発想を、朝デジの中に持ち込んでみたらどうでしょうか。つまり、今の総合的な朝デジサイトのほかに、複数の編集長を起用して、それぞれおおもとの記事群から再編集して発信するキュレーションメディアを作るのです。これも一種のプレイリストであり、箱庭です。これらの編集長や編集者として“中の人”を起用すれば、古い記事も当然検索できます(下図)。
下記はつたない例ですが。
調査報道“再発見” 問題意識、時代背景、今に通じる要素、担当記者の証言
論をつなぐ 識者の論・時評、投書、書評、映画評などを横断的に見て
人 あのとき、このとき 足跡を記事でたどる 例:坂本龍一、大江健三郎
特派員の目 海外特派員や支局記者(=地域特派員)から見える地域と人
ウォッチ・ネット社会 デジタルメディア、DX、AI、メタバースなどの社会や生活へのかかわり
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関心を狭めるパーソナライズでなく、視野を広げるパーソナライズを
放送大学教授の松原隆一郎さん(社会経済学者)によると、1858年生まれの社会学者G・ジンメルは『貨幣の哲学』という本の「Ⅰ 分析篇」で、「欲求はあらかじめ自分の中にあるのではなく、また価値ももともと商品の中に存在するのではなく、我々は商品に接し、それとの『距離』を感じたときに欲求を形成する」と言っています(松原隆一郎『消費資本主義のゆくえ――コンビニから見た日本経済』2000年、ちくま新書)。消費者が合理的に選択する個人であるという前提を置いてきた伝統的マクロ経済学と異なり、行動経済学やマーケティング論では、ジンメル的消費者像が主流となっています。
たとえば、ポケモンというゲームがまだないときに、どんなゲームが欲しいかと質問して答えられた人はまずいないでしょう。「これがポケモンというものです。やってみませんか?」と見せられて初めて欲求がわくものです。
ニュース記事も同じではないでしょうか? 発表統計には信号のない交差点での事故の多くが入ってないのでは? などということに、あらかじめ注目していた人は少ないでしょう。具体的に見せられて初めてこれは知るべき重要な記事だという感想が生まれてくるわけです。
自分にとって得意な分野とか、特に関心を持っている分野や株価情報などの実利的な関心分野は別ですが、一般に、ニュースについてはむしろ、ハッとさせられ気持ちが揺さぶられたり、目を見開かされたりすることに価値があるでしょう。
フィルターバブルを助長するパーソナライズよりも、視野を広げてくれるパーソナライズの発達を期待します。なお、AIを用いて、表層の関心事でなく、深層の価値観にアプローチするパーソナライズが登場してきそうなのをどう受けとめるかという課題がありそうです。
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