鈴木 薫著 「文字と組織の世界史」のラフな印象
鈴木 薫著 「文字と組織の世界史」のラフな印象
平成30年11月 仲津 真治
1 ここ暫く、標題の書を時間を掛けて読んでおりました。 遅読ながらも、この程漸く読み終えましたので、そのラフな印象を記します。
本著については、歴史解説で名高い、磯田道史氏が「これほどの視野を持つ歴史家が日本にいたのかと驚く。 この一冊で全世界の動態がわかる名著!」と絶賛しています。その通り、先ず、著者の学識と教養に裏打ちされた世界観と歴史観に、圧倒されます。ちなみに、著書は文学部出身では無く、高校時代から既に関心のあった「比較文明史」を勉強するには、「史学科では無いが此処だと、東大法学部に入ったと言いますから、その選択には重みがあります。
そして、その後、その最大の研究焦点は、オスマン帝国とその歴史に当てられます。 同国はイスラム文化圏に属しながら、ヨーロッパに近接し、同地域と多面的な接点を持ちつつ、近世・近代をトルコとして乗り切ってきた類まれな地歩があります。 斯くて、後年「トルコ歴史学協会名誉会員」ともなった著者は、東大法学部を卒業後、東大東洋文化研究所助教授等を経て、同教授となり、法学博士を取得、現名誉教授です。
2 本著切り口の特性の第一は、標題にあるように、文字です。文明発祥のBC約三千年前から現代世界に至る間、登場せる文字世界は、大きく分けて列記すると、楔形文字世界、ヒエログリフ世界、インダス文字世界、漢字世界、ギリシア文字世界、梵字世界、ギリシア・ラテン文字世界、ラテン文字世界、ギリシア・キリル文字世界、アラビア文字世界などがあり、その中には滅び去ったのもあれば、生き残り・活用されているものもあります。
残存例を記せば、大まかに言うと、漢字世界、ギリシア文字世界、梵字世界、ラテン文字世界、アラビア文字世界の五つになるそうです。 強いて言えば、文字世界の近代五種と言う事になりましょうか。
話し言葉を含めた言語の全体が世界に約六千言語在るという状況から観ると、文字世界が僅か五種とは限られていますね。 それだけ、言語そのものより、文字の創出が難しいと言う事を示していましょう。其処は、一旦文字が創出された後は、その伝播・流布のウエィトが高かったことを物語っ
ています。
3 次いで切り口の第二は、組織です。そして、文明が生んだ組織は、主に、宗教から生じ、形成されました。 その流れの中で主なものを例記すると、最古のものは紀元前15 世紀頃からのバラモン教(後年ヒンズー教へ発展)、仏教、ゾロアスター教、ユダヤ教、ジャイナ教、儒教が興隆しました。その後、様々な歴史的経緯や批判、争闘を経て、キリスト教、マニ教、イスラム教が生じ、その後、更なる分派、分裂などを経過してきて、今日の極めて複雑多様なものとなっています。 なお、このほかにも、チャイナの道教や日本の神道などがあります。
斯くて、人類の文化と文明は、文字、宗教・組織を核に形成され、綾なし、伝わり流布・拡頒し、収斂し、はたまた興亡を繰り返してきました。将に百花繚乱の観を呈しています。
す。
4 然りながら、著者は近世以降について、其処に、大河の如き二つの大きな流れを見いだしているようです。 それは比較的静なる東洋世界と、甚だ活発な動的な西洋世界です。 このうち、歴史を主に動かした「動」についてみると、その大きな契機ないし動因となったのが、先ず、西洋世界が始めた大航海時代であり、それによる異文化世界への進出です。これにより、文字の世界で見れば、「ラテン文字世界によるグローバル・ネットワーク」の形成が起きています。
もう一つは、ルネッサンスと宗教改革による、「西洋キリスト教世界」内の文化運動です。
5 こうした動の衝撃波が動因主力となって、まるで、うねりのように、西洋世界の比較優位をもたらしました。 相対的に静なる世界であった東洋世界は、後塵を拝したのです。
その西洋の先端に位置したのが、軍事革命による優位でした。取り分け、軍装の洋装化がそれを象徴している由です。
これと同機するように、市民革命と立憲主義を核とする国民主権の考え方が拓かれ、「グローバル・モデルとしてのネイションステート」の概念が形作られて、やがて確立し、近代が始まりました。
6 経済面でそれを支えたのが、産業革命以降の経済社会の持続的発展
で、それは今日の世界的なイノベーションや斉一化に繋がっています。
7 他方、ネーションステートは、現代入り、共産主義の挑戦を受けますが、冷戦の終結、旧ソ連の崩壊などは、その地球規模の終焉を強く示唆しています。
もう一つ、勃興してきたナショナリズムは、もっと大きな課題を析出していますが、根が深く、克服されるべきテーマです。 そこには、宗教的要素として、イスラム教などのの存在があります。新たな歴史の始まりです。
8 そうした中、著者は近未来の世界史のモデルとして、「多文化共存」
を掲げています。 やや常識的ながらも重いものがあり、基本的に首肯で
きるところです。
ここで、東洋の一角にありながら、近代以降、西洋とも接面が広範且つ濃厚で、他方伝統を残しつつ、独特の文化・文明の融合を果たしてきた日本の役割は、その意義深甚なるものが在りましょう。
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仲津 真治記す
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