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これぞ「老醜をさらす」のお手本

2017.03.05 Sun

こんな人物が13年間も日本の首都のトップとして君臨していたのか。3日の石原慎太郎・元東京都知事の会見を聞いて、ため息を漏らした方も多かったのではないでしょうか。築地市場の豊洲移転について、石原氏は「行政上の責任は当然、裁可した最高責任者にある」と認めたものの、あとは嘘とごまかしと言い逃れのオンパレード。その姿から思い浮かんだのは「老醜をさらす」という言葉でした。

 石原氏は会見の冒頭で声明を読み上げ、「19994月、知事に就任して早々に豊洲という土地への移転は既定の路線であるような話を担当の福永副知事から聞いた」と述べました。まず、これが事実とは思えない。彼が都知事になる前、東京都は築地市場の移転を断念し、市場の再整備を目指していました。立体駐車場や冷蔵庫棟を新たにつくり、築地を生まれ変わらせる計画だったのです。そして、その工事は財政難のため中断していました。

 当時、東京都は臨海副都心の開発に失敗し、8000億円もの借金を抱えていました。単年度会計も実質赤字が続き、財政再建団体に転落しかねない状況にあったのです。そうした中で、副知事が莫大な予算を必要とする築地市場の豊洲移転を「既定路線です」と知事に進言するなど考えられないことです。だからこそ、石原氏は「既定の路線であるような話を聞いた」という、あいまいな表現を使ってごまかそうとしたのでしょう。知事就任前に築地市場を豊洲に移す計画があったにせよ、豊洲に移転させることを決め、本格的に動き出したのは石原都政になってからです。

 次に、東京ガスからの豊洲工場跡地の買収について。石原氏は「具体的な交渉は200010月以降、浜渦副知事に担当してもらいました。浜渦氏から、交渉の細かな経緯について逐一報告は受けていませんでした。大まかな報告は受けていたかもしれません」と述べました。巧妙な表現です。豊洲工場跡地の土地代や関連費用として1281億円。その後の土壌汚染の対策工事費を加えれば、2000億円を超す大規模なプロジェクトです。しかも、移転後に築地市場の土地を売れば、莫大な収入が見込まれ、財政再建の夢も叶う。そのプロジェクトの重要事項が知事に報告されないわけがありません。

 当の浜渦武生氏は、『サンデー毎日』(35日号)のインタビューに答えて、土地買収交渉の経緯を語っています。東京ガスは工場跡地の売却を拒んでいました。都市ガスの製造工場だった跡地は土壌汚染がひどい。そこで、土壌汚染対策工事をしたうえでマンションやショッピングセンター、大学を誘致する開発計画を立て、すでに経営会議で正式に決定していたのです。

 浜渦氏はインタビューの中で、「東京ガスが難色を示したのは当たり前です」「決定事項を蒸し返されるのは、株主への説明も大変だし困るということでした」と述べています。そこで「水面下での交渉」に入り、東京ガスが計画していた1000億円の防潮護岸工事を東京都が引き受け、代わりに土壌汚染対策工事はすべて東京ガスが行う、という方向で土地の売買交渉を進めた、と証言しています。

 では、なぜ、護岸工事だけでなく、土壌汚染の対策工事まで東京都が行うことになったのか。浜渦氏は都議会での「やらせ質問」が問題になって2005年に辞任しており、その後の交渉には関わっていません。2011年に東京都と東京ガスが交わした土地売買契約に「土壌汚染対策費も東京都が負担する」との内容が盛り込まれたことについて、浜渦氏は「まったくもって分からない。私がいたら、こんなことにはならなかった」と語っています。

 その後の交渉で何があったのか。売買の対象物(土地)に瑕疵(かし)があった場合、売り手(東京ガス)が責任を持って対処するのが普通の取引ですが、石原氏は会見で「瑕疵担保責任留保の報告も相談も受けていない。それはもう、(部下に)任せきり。そんな小さなことにかまけてられません」と開き直りました。860億円もの費用がかかった土壌汚染対策を「小さなこと」と言ってのける神経に、唖然とします。

 土壌汚染対策のことを聞かれると、「私は専門家ではありませんから」と逃げる。「私は素人ですし、担当の司々(つかさつかさ)の職員の判断を仰ぐしかない」と部下に責任をかぶせる。挙げ句の果てに「議会も含めて都庁全体の責任じゃないですか」と言う。この人には「トップとしてすべての責任を取る」という覚悟や潔さは全くありません。

民間企業なら経営者が背任の罪に問われてもおかしくないケースです。石原氏に対しては、都民が東京都に対して「豊洲の土地を578億円で取得したのは違法だ。都は石原氏に購入の全額を請求すべきだ」との訴訟を起こしています。元都議による住民監査請求もなされています。石原氏のような破廉恥な人間は、都議会の百条委員会に証人として呼ばれても、責任逃れを繰り返すだけでしょう。法廷に引きずり出して、ぎりぎりと締め上げるしかありません。それでも、「体調がすぐれない」などと言って逃げ回るのだろうけれど。

 

 

≪参考サイト、文献≫

◎石原慎太郎氏の記者会見(33日)の詳細(ハフィントン・ポストのサイト)

http://www.huffingtonpost.jp/2017/03/02/ishihara-shintaro-conference_n_15124104.html

◎石原氏の声明全文(同サイト)

http://big.assets.huffingtonpost.com/20170303ishihara.PDF

◎週刊誌『サンデー毎日』(201735日号)

「浜渦武生・元副知事、全真相を独白。本当の戦犯は誰なのか」

◎『黒い都知事 石原慎太郎』(一ノ宮美成&グループ・K21、宝島社)

 

≪写真説明とSource

◎日本記者クラブで会見した石原慎太郎氏(ハフィントン・ポストのサイトから)

http://www.huffingtonpost.jp/2017/03/02/ishihara-shintaro-conference_n_15124104.html

 


この記事のコメント

  1. 松本直次 より:

    老醜をさらすと批判するなら、84歳にもなった人を百条委員会に呼ぶことはどうなのでしょうか。見世物、さらし者にする意図を感じます。年老いて衰えた現在の発言をもってして、過去の施政について評価することは不適当と思います。
    マンションやショッピングセンターを作る計画を是認するのならば市場を作ることは否定できません。市場は一時的な滞在ですが、マンションは居住し、食品を扱い、しかも飲食します。

  2. 長岡 昇 より:

    たとえ年老いても、責任ある立場にあった者は語る力がある以上、きちんと説明する義務があるのではないでしょうか。さらし者云々という問題ではないと考えます。
    東京ガスには独自の跡地開発計画があり、市場の移転先として売却することを渋った、という事実を書きました。その計画を是認する、とは言っていません。

  3. 松本直次 より:

    長岡さんが述べられているように、あの記者会見は往年の石原氏ならばありえないような「老醜をさらす」ものでした。加齢が進むと、記憶が変化・消滅することは自分の老親をみていて強く感じたことです。今の石原氏に正確な証言能力があるようには思えません。過去には記憶していたことも、今となっては「記憶にない」状態になっていないでしょうか。誤って記憶していることもあると思えます。そのような人を、場合によっては刑事罰を下すような場に証人として呼ぶことに疑問を感じます。
    東京ガスの計画について、長岡さんが是認すると発言したとは思いません。誤解を招く表現だったことをお詫びします。ただ、マンションやショッピングセンターや大学を誘致する計画をしているのに、「市場にはふさわしくないと考えたのではないか」との推測には疑問を感じました。

  4. 長岡昇 より:

    「市場にはふさわしくないと考えたのではないか」との推測の部分は、不適切かつ不必要な表現でした。削除します。ご指摘、ありがとうございました。

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