海底ケーブルは今も昔も安保の要
海底ケーブルについての興味深い記事が朝日新聞の総合面(2024年12月22日)と経済・総合面(12月24日~26日)に、掲載されました。国際間を流れる通信の99%が使われている海底ケーブルの取得、管理、保護、開発の重要性を指摘する内容です。
これらの記事の中に、面白いと思った逸話が書かれていました。日本で唯一、海底ケーブルを製造している株式会社OCC(旧日本大洋海底電線)が経営難から2004年に産業再生機構に支援を要請、2006年には投資ファンドに買収されました。その後、中国のファーウェイが買収に動き出したため、海底ケーブルを使って通信事業を手掛けるNECが国の支援を求めたのですが、「霞が関の役人が関心を示すことはなかった」というのです。最終的には2008年に、大手ユーザーのNECと住友電気工業がOCCを買収し、情報技術時代の戦略物資ともいえる海底ケーブルの製造が中国に渡ることはなく、日本政府もその重要性に気づいたとあります。
私が面白いと思ったのは、同じような話が明治時代にもあったからです。日本で海底ケーブルの重要性に着眼したのは、榎本武揚(1836~1908)です。榎本は幕府の留学生としてオランダにいた時期に、プロイセン・オーストリアの連合軍がデンマークを破った1864年のデンマーク戦争を観戦武官として見学し、戦場で使われている野戦電信の威力を実感しました。明治維新になって、1874年から78年にかけて初代の駐露公使となった榎本は、露土戦争(1876~78)で、戦線が広がった戦場で野戦電信が広範囲に使われていることを知ったと思われます。榎本はサンクトペテルブルクから、朝鮮半島と日本を結ぶ海底ケーブルを敷設するよう工務省に提言しています。
明治政府は、この提言をスルーするのですが、漢城(ソウル)の日本公使館などが襲われた1882年の壬午軍乱で、日本政府は情報収集に手間取ったため、ようやく朝鮮半島との間に海底ケーブルを敷設することにします。当時、日本には海底ケーブルの技術がなく、政府は、デンマークのGN社(英語名はThe Great Northern Telegraph Company、日本名は大北電信会社)に長崎・釜山間のケーブルを発注します。同社は、1871年に長崎・上海間及び長崎・ウラジオストク間の海底ケーブルを敷設した実績があったからです。しかし、日本政府に交渉力がなかったのか、先見の明がなかったのか、日本の国際通信の独占権を20年間(のちに30年間に延長)同社に与えてしまいます。
自前の海底ケーブルにこだわったのは、1885年に初代の内閣として発足した伊藤博文政権び逓信大臣となった榎本で、大北電信に発注することになっていた津軽海峡の海底ケーブル敷設を自営に切り替えました。ケーブル敷設に使われたのは、灯台巡視船として1874年に就航した明治丸でした。
電信網を確保することが安全保障のうえで必須であることを証明したのが日露戦争でした。日本軍は、ロシアと関係の深い大北電信の電信網を使うと盗聴される恐れがあるため、戦争の前に、台湾や朝鮮半島との海底ケーブルを敷設していました。戦争になると、相手側の情報経路となる海底ケーブルを切断するのが常道で、日本軍は開戦と同時に長崎・ウラジオストク間の海底ケーブルを切断しています。日本海を北上するバルチック艦隊を発見した信濃丸からの「敵艦見ユ」の情報を無線で受信した旗艦・三笠が「天気晴朗ナレドモ浪高シ」の出撃報告を東京軍令部に打電、それが届くまでの時間は1時間25分だったといいます。三笠が停泊していた鎮海湾から対馬、沖ノ島などを経て下関から陸上を走り東京に着くまで、海底ケーブルをつなぐいくつもの中継局を経由した結果です。当時としては画期的な情報伝達の速度で、それを支えたのが海底ケーブルでした。
中継局で人間が介在して、電信をつないでいた明治時代には、電信内容の検閲や改ざんは容易でした。光ケーブルの現代では情報を抜き取ることは難しいとされていますが、朝日新聞の記事によると、海底ケーブルを陸上ケーブルに中継する陸揚げ局では、それが可能だと書かれています。盗聴できなくても切断するだけで、情報網を混乱させることはできます。バルト海では、このところ頻繁に海底ケーブルが切断される事故が起きていて、ロシア側の工作が疑われています。海底ケーブルが安全保障のうえで、非常に重要だというのは、明治から変わっていないということになります。
ということで、朝日新聞の記事は、示唆に富むものでした。榎本武揚についての情報は、榎本の業績を研究している中山昇一さんからのものが主で、日本の通信技術と榎本武揚の関わりについては下記の「情報屋台」に出ています。
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何故、日本政府は安全保障の基本に対し鈍感になったのか、不思議です。税金にたいしてもあまりにも鈍感になりました。さらに朝日新聞に情報の安全保障にたいし、きりこんでもらいたいです。