プリゴジンは中東とアフリカで何をしてきたのか
アラブの春は2010年、チュニジアから始まった。失業と貧困、権力の腐敗に怒った民衆の大規模なデモで長期政権が倒されると、その波はエジプトに広がり、ムバラク大統領を退陣に追い込み、リビアでは独裁者カダフィ大佐を死に追いやった。
だが、春はシリアには来なかった。「中東でもっとも冷酷な独裁者」と評されるアサド大統領は激しい内戦を勝ち抜き、政権を維持している。アサド氏が生き延びることができたのは、イスラム教シーア派の国家イランに加えて、ロシアが支えたからである。
プーチン大統領は戦闘機や戦車、兵力を惜しみなく供与し、アサド大統領が敵対勢力を駆逐するのを助けた。中東でのロシアの存在感を誇示するためだ。その際、兵力の中心となったのはロシアの正規軍ではなく、今回反乱を起こしたプリゴジン氏率いる傭兵組織ワグネルである。
ワグネルに関しては、刑務所の囚人を兵士としてリクルートしていることが知られており、「囚人部隊」のように言う人もいるが、それは一面的な捉え方だろう。この傭兵組織の中核は「スペツナズ」と呼ばれるロシア軍参謀本部直属の特殊部隊の元将兵たちだ。
ワグネルの幹部ドミトリー・ウトキン氏は、チェチェン紛争で旅団長をつとめた猛者だ。スペツナズは通常の戦闘に加えて、破壊工作や要人の暗殺、ネット空間を使った電子戦も得意とする。混沌とした状況になるほど力を発揮する部隊と言っていい。
この傭兵組織が中東以上に存在感を示しているのがアフリカだ。中央アフリカ共和国やスーダン、リビア、ルワンダ、マリ、コンゴ民主共和国など十数カ国で作戦を展開している。ロシアは、外交的な配慮もあって正規軍を大規模に派遣するわけにはいかない。それをワグネルが代行している形だ。ゆえに「プーチンの影の軍団」と言われる。巨額の資金が投じられていることは言うまでもない。
フランスの植民地だった中央アフリカ共和国を例に取れば、1960年の独立以来、武力抗争とクーデターに明け暮れてきたこの国で、ワグネルは戦闘を担うだけでなく、トゥアデラ大統領の警護まで担当している。「ロシアの支えなしでは生きていけない大統領」なのだ。
もちろん、プーチン大統領もプリゴジン氏も善意で支援しているわけではない。中央アフリカ共和国にはダイヤモンドと金の有力な鉱山がある。リビアとスーダンには石油だ。プリゴジン氏の傭兵組織や関連会社はそれらの利権に深く食い込んで利益をむさぼっている、とされる。
今回、プリゴジン氏は反乱を終わらせ、部隊を撤収するにあたって、プーチン大統領側とギリギリと交渉を重ねた形跡がある。プリゴジン氏側は「部隊の撤収後もアフリカでの活動については沈黙を守る」と約束した、と見るのが自然だ。
ロシアがアフリカ諸国で行っていることを洗いざらいぶちまけられれば、国連など国際社会でのロシアの評判はガタ落ちになる。そんなことは何としても防がなければならない。一方で、プリゴジン氏側はロシアにいる妻子の安全を確保し、膨大な資産を保全しなければならない。そうしたことを秤にかけて、両者はベラルーシのルカシェンコ大統領の仲介を受け入れたのだろう。
見過ごせないのは、ワグネルのアフリカでのこうした活動を調べていたジャーナリストが次々に不審な死を遂げていることだ。中央アフリカ共和国では、2018年7月に経験豊富な戦場ジャーナリストのオルハン・ジェマリ氏とドキュメンタリー映像監督のアレクサンドル・ラストルグエフ氏、カメラマンのキリル・ラドチェンコ氏が射殺体で発見された。
地元の捜査当局は「武装した強盗の仕業」として扱った。ロシア国営タス通信も「強盗目的の犯行」と報じた。だが、3人はこの国でのワグネルの活動実態を調べるため現地入りしたのだった。捜査当局やロシアの言い分を額面通りに受けとめるわけにはいかない。
ジャーナリストの不慮の死はこれだけではない。ロシアのエカテリンブルクでは同年4月、シリアでのワグネルの動きを調べていた通信社記者のマクシム・ボロディン氏がアパートの5階から転落死しているのが発見された。タス通信は例によって「犯罪の形跡はない」と報じたが、欧州安保協力機構(OSCE)のメディア担当は「深刻な懸念」を表明し、徹底的な捜査を行うよう求めた。ワグネルを追っていて命を落とした記者はもっといる。
戦場の兵士だけが命がけで戦っているのではない。ロシアでは事実を追い求め、良心に基づいて報じる――そのこと自体が命がけなのだ。報道を生涯の仕事とした者の一人として、そのことを忘れるわけにはいかない。
(長岡 昇:NPO「ブナの森」代表)
*初出:調査報道サイト「ハンター」 2023年7月3日
https://news-hunter.org/?p=18294
≪写真説明≫
◎中央アフリカで殺害されたジェマリ、ラストルグエフ、ラドチェンコの3氏(右から、BBCのサイト)
https://www.bbc.com/news/world-europe-45030087
◎不慮の死を遂げたボロディン氏(BBCのサイト)
Russian reporter Borodin dead after mystery fall - BBC News
≪参考
記事&サイト≫
◎ワグネル反乱に関する読売新聞、産経新聞の記事(6月29日付、同30日付)
◎Central African Republic : Russian journalists die in ambush (BBC, 31 July 2018)
https://www.bbc.com/news/world-africa-45025601
◎ロシア人記者が自宅で転落死、シリアで展開の同国人傭兵について執筆(AFP、2018年4月16日)
https://www.afpbb.com/articles/-/3171368
◎Russian reporter Borodin dead after mistery fall (BBC, 16 April 2018)
https://www.bbc.com/news/world-europe-43781351
この記事のコメント
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飼い犬に噛まれたかっこうのプーチン氏ですが、「影の軍団」なしに、政権を維持し、国際社会で一定の外交力を発揮できるのか、新たなワグネルをつくるのか、興味がありますね。