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世田谷美術館で「祈り・藤原新也」を観る

2023.01.09 Mon

世田谷美術館で、「祈り・藤原新也」と題した藤原さんの半世紀に及ぶ作品を集めた企画展を見てきました。藤原さんは、時代を撃つ写真家という印象があったのですが、見終わった感想は、地球という天体に生き、そして死ぬ人々への愛の表現者でした。

 

会場に入ると、最初に展示されている作品は、蓮の花でした。「祈り」にふさわしい写真ですが、「藤原新也」からイメージした人間の営みではないのに、あれっと思いました。この企画展の公式書籍である藤原新也著『祈り』を読むと、合点がいきました。(写真は@Shinya Fujiwara)

「地球は美の錬金術師。二十万種もの異なる色とりどりの花々は 地球四十六億年の歴史の賜物。哺乳類、鳥類、昆虫、植物、それら一億種の生物は、こぞって地球の美の錬金に寄与してきた。だがその一億分の一の生き物に過ぎないヒトが 四十六億年をかけて作り上げてきた 地球の美をいま壊そうとしている。バリの花たちは、その地球の奇跡の鎮魂歌のごとく美しい」(『祈り』「奇跡」)

 

蓮の花が地球の破壊者である人類に向けられた鎮魂歌であるなら、花の向こうには人々の営みがあるということになります。インド、チベット、香港、朝鮮半島、パリ、イスタンブールなどをさすらった旅の写真に感じたのは人の営みの温かさであり、一言にすれば人間賛歌だと思いました。異質なのはアメリカの写真で、文明の果ての寂寥感が漂っているように思われました。(下の写真は、左からインド、チベットの作品。@Shinya Fujiwara)

一方、山口百恵を引退したあとの三浦百恵さん、STAP細胞の捏造疑惑で非難された小保方晴子さん、性的被害を告発した伊藤詩織さん、香港の民主化運動を率いた周庭さん、女優の大島優子さん、「笑い観音」と評した瀬戸内寂聴さんらのポートレートは、それぞれの人物の真を写しているように見えて、これぞ写真家の骨頂だと思いました。

 

『祈り』によると、藤原さんは1969年に日本を飛び出し、放浪の旅で出たとあります。藤原さんは1969年を振り返り、次のように書いています。

 

「1969年とは人間の体を基本とする第一次産業の農本社会、第二次産業の工業化社会が、やがて到来する大量生産大量消費の画一化社会へと、さらにはバーチャルな情報化社会へと移り変わる分岐点であり、若者たちは政治活動や体制批判に仮託して自らの存在が消えることへの危機感をあらわにしたのだとわたしは考えている」(『祈り』「旅」)

 

当時、大学生で若者のひとりだった私も、「大量生産大量消費の画一化社会」への危機感は抱いていました。当時、私たちが異議申し立て(プロテスト)をしたのは、大量生産・大量消費の権化である米国が進めたベトナム戦争や、水俣病などの災禍を引き起こした公害企業に対してでした。

 

大量生産・大量消費の流れは、先進国から中国やインドのような新興工業国へと受け継がれ、地球規模での気候変動となって、私たちの生存をおびやかすようになりました。大量生産・大量消費とはほど遠かったチベットの首都ラサには、ケンタッキー・フライド・チキンに続いてマクドナルドも出店したそうです。

 

いつも時代と向き合ってきた藤原さんが2011年にカメラを向けたのが東日本大震災であり、2020年以降はコロナ感染症です。津波で倒壊した家のなかで写したという子どもの絵について、藤原さんは『祈り』のなかで、次のように書いています。(写真は@Shinya Fujiwara)

「……生きていてほしい。シャッターを押し、手を合わせる。祈ることとシャッターを切ることが、わたしの中でシンクロした」(『祈り』「絵」)

 

また、コロナ禍で人の姿が見えない都会の通りを写した写真については、次のように語っています。

 

「あらゆる世界を征服し、打ち勝ってきた人間はいま セシウム、そしてウィルス、という 超微粒子の攻撃に敗走している。その超微粒子も人間が産み落としたものであるとき 自らが自らを襲う あのサイトカインストームが 地球規模で起こっているということ」(『祈り』「だれもいない」)

 

1969年、亡命のような気持ちで、文明化の道を突き進む日本を飛び出した藤原さんが半世紀後に見る世界は、もはや亡命の場所がなくなりかけた天体になっているようです。バリ島の蓮の花を滅びゆく地球への鎮魂歌から再生への歓喜の歌に変えるために、私たちは何を祈ればいいのか、宿題を投げかけられた展覧会でした。世田谷美術館企画展「祈り・藤原新也」は1月29日まで。

 


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