メディア環境7つの変化-- 超多チャンネルメディアの中でマスメディアの存在価値は?(下)
5◇個人(“一人放送局”)主導のジャーナリズムの進展
[個人が前面に]
私は、「論座」(朝日新聞デジタル)などで、新聞ではもっと記者を前面に出そうと主張してきました。その観点から最近目立つ例がいくつかあります。朝日新聞のデジタル版では、2024年から、気に入った記者をフォローしようというキャンペーンを始めました。記者フォローでは毎日新聞が部分的に導入して先行していましたが、朝日の方が積極的な展開になっています。また最近、朝日は記事の頭に記者名を入れるのを原則にするようになりました。
一方、近年、新聞社のようなメディア組織に属さない個人が影響力を持つ「個人主導のジャーナリズム」が進展しています。海外ではSubstack、国内ではnoteなどのプラットフォームを活用し、特定の記者が多くの有料読者を獲得する事例が増えています。
数年前からのアメリカの例では、新聞社をやめた記者が、Substackというニュースレター・プラットフォームを通じて同報メールを発信して料金収入を得ている例が目立っています。Substackは、2025年、Press Gazertteが発表した有料デジタル・ニュースメディアの購読数調査で、トップのニューヨーク・タイムズ(1080万)に次ぐ第2位(400万)に躍り出ています。
日本では、noteを通じて有料のニュースを連日発信している人が増えています。noteは一種のブログでありながら、課金のしくみを持っているので表現者(クリエーター)が収入を得ることができます。元日経新聞の後藤達也さんは突出した例で、月500円の有料会員数が3万人に達しています。Xのフォロワーも約80万人、YouTube登録者数30万人強という驚異的な数字です。後藤さんは日経に18年勤めて退社しフリーとなりました。
[取材記事とコタツ記事が横並び]
このように新聞社やテレビ局などのメディア組織に属さない個人がYouTubeやSNS、note、ニュースレター(メールマガジン)を通して多くの読者・視聴者を獲得する“一人放送局”的な例が増えています。それら個人には、ジャーナリストや評論家、学者、政治家、その他なんらかの話題を提供するインフルエンサーが含まれます。その際問題になるのは、その人自身が取材や調査をしているのか見分けがつきにくいことや、二次情報の場合、引用が不正確なことがあります。
また、事実と意見の区別があいまいだったり、しかも事実のように見えて裏付けのない噂だったりすることもあります。利害関係者による広報とみなせるケースもあります。ひどい場合には、著名人であっても、自らデマを流したり、デマではないという思い込みで事実でないことを流すこともあります。それらにたまたま出会って信じてしまうということが往々にしてあるのが、現在のネット世界です。
ちなみに、手間少なくアクセス数をかせぐために、他人・他社の記事やSNSの投稿を引用したり切り貼りしたりして作る記事をコタツ記事と言います。かなり横行しています。主として、あとで述べる「アテンションエコノミー」目当てです。

6◇複合メディア環境の広がり
複合メディア環境とは、テレビや新聞などのマスメディアと、YouTubeやSNSなどのソーシャルメディア、そして対面コミュニケーションが相互に影響し合いながら重層的・複合的に共存する現代のメディア状況を指します。その場合、テキスト、音声、動画などの異なる形式のコンテンツが単一のデジタル環境のもと統合的に扱えます。
最もシンプルな例は、テレビを見ながら手元でスマホを利用するというシーンです。たとえば、テレビ番組で紹介されている店をスマホで検索してその場所などを確認するといった利用のしかたです。
何らかの事故の目撃情報が写真ないし動画付きでSNSに載り、それを見たテレビ局が(偽動画ということもありうるので)確認をとって報じるといった例も典型的です。その情報をもとにSNSの利用者間で会話が交わされたりします。最近の典型的な例は熊の出没に関する話題です。
冒頭の京都府南丹市の事件では、日本国内のSNSに載った情報をうのみにした外国のテレビ局が間違った報道をし、その情報が日本に環流してSNSなどで流通するという、メディア間の悪しき連動という現象が起きました。
複合メディア環境は情報社会における人々のコミュニケーションや世論形成の基盤となっています。
7◇アテンションエコノミー(関心経済)の深化
[シンプル・断定がウケてアクセスをかせぐ]
メディアに関する論議で最近アテンションエコノミーという言葉がよく聞かれます。関心を引いたり注目を集めることが収入につながるという原理のことです。昨今、最も念頭に浮かぶのは、SNSやYouTubeに代表されるソーシャルメディアがこの原理に覆われていることです。仮にウソ・デマ・誤報、あるいは悪口・極論であっても、とにかく気を引くコンテンツを発信すれば多大なアクセスが得られます。そのコンテンツに広告が織り込まれて、発信者はアクセス数に見合った収入をかせげるというわけです。ただし、彼らに場を与えているプラットフォーマー(YouTubeやXなどの運営会社)こそが巨大な広告収入を得られます。
SNSは、公私の境目を意識しないですむメディアです。たとえば、自宅や居酒屋で夜中によっぱらいながら、頭に浮かんだ気に食わない人への悪口をX(旧ツイッター)で躊躇なく直ちに発信することができてしまいます。編集者のような、間でチェックする人がいません。それが刺激的で断定的なシンプルな表現であるほどウケたりするし、それが原因で炎上すれば、多くの人のさらなる発言を呼び、アクセス増につながります。「そもそもメディアとは、私的空間を支配する裸の感情が公共空間にそのまま流れ込むことを防ぎ、熟議のための理性的コミュニケーションを作出するものだったはずである」と山本龍彦氏(慶應大学法科大学院教授)は指摘しています。(朝日新聞2020/12/15オピニオン面)
選挙の際に盛んに行われたのは、演説会などで動画を撮って、編集で一部を切り出してショート動画として発信することでした(YouTubeやTikTok)。それは、推す側のイメージアップのためということもあれば、逆に対立側のイメージダウンのためということもありました。
山本氏は「アテンション・エコノミーは、(中略)近代の統治術が『監禁』してきた『非合理性』(狂気)を大々的に解放してしまった--ともいえるかもしれない。(中略)『情報の真偽を確かめよう』『誹謗中傷はやめよう』(中略)などといった理性的コミュニケーションで簡単に制圧できるほど、面前の怪物はやわではない。その怪物はそもそも理性を無力化するとともに、理性的なるものを嘲笑し、攻撃する側に力を与えるからである」と述べています。(Voice 2026/4)
[伝統メディアも頼ってきた原理]
ただし、アテンションエコノミーは、昨今はじめて見られる現象ではなく、伝統的なマスメディアも頼ってきました。いちばんわかりやすいのは、民放のテレビ局の番組ごとの視聴率競争です。有力な広告スポンサーを確保するのがねらいです。桑原聡氏(産経新聞元編集委員)は、テレビのワイドショーおけるコメントを題材に「テレビというメディアは、『答えを急がない能力』を嫌う。沈黙は放送事故に見え、逡巡は知識不足に映り、ためらいは覇気のなさと受け取られる。したがって『断定芸』が視聴率アップにつながる」と述べています(「モンテーニュとの対話」産経新聞 2026/5/1)
90年代までの最盛期の週刊誌のことも思い浮かびます。新聞と違って駅や書店などの店頭売りなので、関心を引く目玉の記事を載せられるかどうか毎週大競争でした。
現代の新聞は、主として宅配・月決め料金で販売されてきており、個々の記事で即時に部数が変動するということはほぼありません。個人レベルでは、半数の人は新聞をごく短時間しか見ていないという実態もあります(NHKの国民生活時間調査)。しかし、戦前の新聞を見ると、人権意識やプライバシー意識が社会的に希薄だったこともあり、現在のワイドショーや週刊誌よりもずっときわどいスキャンダル記事などを載せて部数競争をしていました。
8◇マスメディアへの期待
[編集者のいる総合的メディアを“ホームグラウンド”に]
インターネットというインフラの上に、今後、改めて公共性を有するメディアを育てることができるのか、また、YouTubeやXといったソーシャルメディアが、公共的な役割を果たす一翼を担うよう、社会としてどう育てていけるのかが問われています。
紙の新聞を読んでない人に対して紙の新聞をとれというのはもはや非現実的でしょう。私はメディア接触の“ホームグラウンド”を持つよう、特に若い人にお勧めしたいです。ホームグラウンドとしての総合性のあるメディアを持ち、そこからさまざまなメディアやコンテンツに目を広げるというイメージです。
7時のNHKニュースを推奨している藤代裕之氏(法政大社会学部メディア社会学科教授)は「基軸」という言葉を使っています。「同じニュース番組を見続けるというのは、ニュースに対する基軸をつくる基礎トレーニングです。基軸を持たないのに批判的思考や熟議などをリテラシー教育で強調するとメディアを疑い、むしろ陰謀論に近づくことになる」と語っています。(藤代裕之Yahoo!ニュース・エキスパート 2025/12/31)
私は、新聞(紙またはデジタル版)はもちろんYahoo!ニュースやSmartNewsでもよいと思っています。たとえば、朝日や毎日のデジタル版では、随時入ってくる速報ニュースが目にはいるトップページよりも、紙面ビューアーや「朝刊・夕刊」というメニュー(タブ)があります。これらであれば、その日の選ばれたニュースが総覧できます。Yahoo!ニュースのトップページは、速報も入りますが、朝・昼・夕のサイクルで主なニュースが選ばれています。
注)読売新聞の場合、紙の購読者に限ってデジタル版で紙面ビューアーを利用できます。
“ホームグラウンド”に常時“立ち”ながらも、他のメディア(SNSも含む)に“足を伸ばす”と、“ホームグラウンド”メディアが取り上げてないニュースや話題が目に入ったりします。たとえば、先頃、NHKは官邸前の改憲反対の集会を報じる予定をしていたのに上部から待ったがかかってボツにしてしまいました。こうして、NHKは全体として信頼できるとしても、政治に関しては政府に忖度している面があるということに気づかされます。
[取材のプロセスをすべて見せよ]
訓練を受けた記者が一次情報を取得するために手間暇かけて取材に取り組んでいるのは、伝統的マスメディアの強みのはずですが、新聞やテレビは真実を伝えていないなどといった目を向けられています。
戦後80年間の調査報道を総覧できる『調査報道の戦後史』をまとめた高田昌幸氏(フロントラインプレス代表、元北海道新聞などの記者)は、「調査報道に限らず、報道全般への信頼回復を勝ち得るには、取材のプロセスを基本的にはすべて公開することがとても大事」だと言っています。どういう状況で取材相手と会い、どんな質問をしたのかも明示するのがよいといいます。「畑の様子を絶対に見せない農家が売る『無農薬野菜』は、信頼に足るでしょうか。それと同じです」と高田氏。(高田昌幸 ウェブメディアimidas掲載の対談 2026/5/8)
「オールドメディアは真実を報じていない」など、XやYouTube上で浴びる批判のすべてが的を射ているわけではありません。しかし、ジャニーズの性加害問題や旧統一教会問題をテレビや新聞は長らくきちんと報道しようとはしてきませんでした。それらが“オールドメディア”への不信のもとになったのは確かです。とはいえ、ソーシャルメディアという対抗勢力が現れたことで、既存のマスメディアが評価・批評の対象となったのは、むしろ強くなれる素地ができたとも言えます。
稲増一憲氏(関西学院大学准教授、社会心理学)は、著書『マスメディアとは何か 「影響力」の正体』(中公新書 2022年)の最終章で、「マスメディアが果たすべき役割は『人々が見るべき情報をなるべく多くの人に等しく届ける』ことである」と書いています。依然としてマスメディア(新聞やテレビ)による役割は大きく、人々が見るべき情報、つまり公共性の高い情報を提供していってほしいということでしょう。人に会い、相手の息づかいを感じる取材をすることはAIにはできません。組織力のあるマスメディアならではの役割を果たしていくことを期待します。
※これからのマスメディアにとって、個人個人の特性や関心に合わせた関係づくりをしたり、読者・視聴者の「対話の広場」を演出していくといった課題もありますが、別の機会に譲ります。
※※本稿は、ミニコミ『教育改革通信』に掲載された論考に補筆したものです。
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