ニューヨーク・タイムズとdマガジン ---併読市場という発想
◇ニューヨーク・タイムズの併読市場戦略
ニューヨーク・タイムズ(NYT)の有料デジタル版が快進撃を続けている。2020年4-6月の決算発表によると、購読者数は約440万である。コロナ禍が追い風になり前期に比べて50万弱上乗せした。(有料デジタルサービスのクッキングとクロスワードのみの利用者を除く。)
今回米国外の「Internationl readers」の読者比率は発表されてないが、2019年7-9月期にはカナダや英国を中心に約17%だった。
国外市場の日本において現在目にするNYTの購読勧誘のキャンペーンでは、1年目週0.5ドル、2年目から週2ドルという大胆な金額が提示されている。(ただし、スマホ上のキャンペーン。PCだと0.75ドル) 昨年のキャンペーンは1年目1ドルだったので、さらに徹底した安売り戦略である。米国内のデジタル版料金は月額17ドルなので、少なくとも日本市場については明らかに別扱いとなっている。
この背景にある判断は何か。NYTは、国外は「併読市場」と位置づけているのではないか。国外におけるニュースメディアの読者を想定してみよう。彼らにとっては主読紙(紙とは限らないが便宜上こう呼ぶ)があって、それに加えてNYTを購読するのであるから、内容がよくても値段が高ければ購読しにくい。
一方、NYT側とすれば、国外の読者にいくら安く売っても、ネットを通じたプロモーション費用は別として、製造や流通のコストがかかるわけではなく、売り上げの大半を利益に見込むことができる。むしろ、単価は低くても、少しでもたくさんの読者と直接つながることができる(メールアドレスを集めることができる)のはNYTにとっておおいにメリットである。
すなわち、ホームグラウンドの収入は守りつつ、併読市場による上乗せ収入をねらうという発想である。
◇dマガジンというバイキング料理
ところで、日本にはドコモが提供しているdマガジンというサービスがある。dマガジンは月額400円(税別)で、数百の雑誌の記事が無制限に読めるサービスである。ただし、各誌の収録記事の範囲は雑誌によって異なる。たとえば週刊文春の場合、文春砲と呼ばれるような目玉の記事は、dマガジンでは収録されておらず、紙の雑誌を買わないと読めない。
それはともかく、dマガジンも一種の併読市場のサービスと言えないだろうか。主読誌があるかどうかはいちがいに言えないが、少々個人差はあっても、一人の人がある期間に読む分量(ページ数)は知れているという考え方が前提に置かれているサービスだと言える。
◇記事を読む“胃袋”が巨大な人はまれ
NYTのキャンペーンとdマガジンに共通するのは、個々人によるニュースや雑誌記事の消費量には限度があるという考え方ではないか。レストランのバイキングを思い浮かべればわかりやすいだろう。大食いの人が入れば小食の人もいるが、ならせば料理の消費量は一定限度内におさまるだろう。だからバイキングというスタイルがビジネスとして成立しているわけだ。胃袋が常人の100倍などという人はいないということが前提認識にある。dマガジンをとっていて、何百という記事をじっくり読みこなすような人が果たしているだろうか。もしいても、それは例外でありビジネスの大勢に影響は無い。
◇地方紙にとっての併読紙市場
このような目で見渡すと、日本の地方紙は機会損失を招いていると感じる。たとえば、東京に住んでいる岩手県出身の人が岩手日報のデジタル版をとりたいと思ったとする。その場合3900円(月額、税込)を払わなければならない。しかし、東京など岩手県外で岩手日報をとりたいという人はたいてい、すでに3000円~4000円前後を払って紙やデジタルの新聞をとっていることだろう。いくら岩手に思い入れがある人であっても、その上3900円を払う気になる人がどれだけいるだろうか。
仮に、岩手県外の人は岩手日報デジタル版を月額1000円で読めるとする。これなら、ずっと多くの県外読者を見込めるだろう。このような路線を選んでも、県内読者や販売店にとって不利益が生じるわけではなく、NYT同様、ホームグラウンドを守りつつ上乗せ収入をねらうことが問題なく進められると思われる。
https://www.iwate-np.co.jp/content/digital/
地方紙を主読紙とする読者に併読紙としてデジタル版を安く提供している新聞がある。それは朝日新聞デジタル(朝デジ)である。提携紙は、沖縄タイムス、十勝毎日新聞、山陰中央新報と、地方紙ではないが日刊スポーツである。朝デジは、紙をとってなくても購読することができるが、その料金は月額3800円(税込)である。それが、前記提携紙の読者は1000円で朝デジをフルに読めるのである。
https://digital.asahi.com/info/price/
◇デジタルを生かして柔軟な新サービスを
以上の発想で考えれば、地方紙のdマガジンのようなサービスも思い浮かぶ。すなわち、地元の地方紙を正規の料金でとっていれば、プラス1000円で、県外の各地の地方紙(ただしこのサービスへの参加紙)のデジタル版が読み放題となるというようなサービスである。その場合の収録記事範囲は、dマガジンの雑誌のように各紙の判断で制限してもいいだろう。
紙の場合と違って、デジタルはさまざまなサービス設計が可能である。過去の延長ではないデジタルトランスフォーメーションが求められる。できるだけ柔軟な工夫をして利益の出るメディアビジネスを打ち立てて、ジャーナリズムの灯を絶やさないようにしてほしい。
注)NYTデジタル版の米国での料金15ドルと当初書きましたが、今年17ドルに値上げされているので本文を訂正しました。(2020/8/17)
※ご参考 最近、下記発表しました。お読みいただければ幸いです。
この記事のコメント
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私は、NYTが安価なので、購読していますが、報道の質の高さとオピニオンが充実していることに感心します。報道の質の高さとは、トランプ政権のなかで、何が起きているのか、などが詳細に書かれているからです。オピニオンは、リベラルに「偏向」しているのですが、クルーグマンとか、トーマス・フリードマンとか名前をみつけると、つい読んでしまいます。
それにひきかえ、日本の新聞は、朝日新聞しか読んでいませんが、政権内で何が起きているのか、さっぱりわかりません。デジタル版を使って、もっと詳細に書いてほしいと思います。記者の取材力、取材内容は、NYTと差があるとは思えないので、残念です。(政治部記者の数ならNYTの数倍いるはずです)。「偏向」は、記者それぞれの見方ですから、私は署名入りで、もっと「偏向」した記事が読みたいと思っています。
地方ニュースは、もっと読みたいですね。朝日の地方版をときどき見ていますが、情報量が十分とはいえません。
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この間、私の息子から「子どもが学校から工作用に新聞紙を持ってくるように言われたので古新聞紙が欲しい」と連絡があったので気が付きました。
息子の家庭も娘の家庭も新聞を購読していません。しかも息子は某大手企業の管理職、娘の家庭は両方とも教職なので社会の情報が必要と思われるのに、情報はすべてTVとスマホで事足りると言っていました。
私は両方の家庭とも、まとまった普通のニュース元が必要だと思いますので、早く日本もこの記事にあるような方式が普及すべきだと思いました。ただし息子によると「日本のマスゴミは、ひどく偏向しているのでまったく参考にはならないよ」と言っていましたが、私も「そのとおり」と思います。どうして日本のマスゴミはこんなにレベルが落ちてしまったのでしょうね。