トランプ旋風のアメリカ
米大統領選における民主、共和両党の候補者選びは、前半戦の山場であるスーパーチューズデーで、民主はヒラリー・クリントン氏、共和はドナルド・トランプ氏の指名が濃厚になってきました。政治家というよりはエンターテイナーのように見えるトランプ氏の躍進に、世界も米国自身も驚いているように見えます。しかし、今回の選挙戦を「トランプ現象」ではなく、民主党で安泰と見られたクリントン氏を脅かしたバーニー・サンダース氏の善戦とあわせた「トランプ・サンダース現象」だと見ると、その背景にある米国の姿がより鮮明になってくるように思えます。
自ら「社会主義者」だと名乗るサンダース氏は民主党の最左派に位置し、メキシコ国境に万里の長城を建てて不法移民を防ぐというトランプ氏は排外主義者という点では国粋主義者のようで、どちらの候補も極端という印象です。しかし、ふたりとも若い世代からの強力な支持が支えになっているのが特色です。21世紀初頭に成人になった人々はレニアル世代と呼ばれ、インターネットやSNSを駆使するのが特徴といわれています。しかし、今回の選挙で、トランプ・サンダース現象を巻き起こしたのは、こうした新しいネットワークやコミュニケーションというよりも、貧富の格差が拡大、固定化してきたことによる時代閉塞感ではないかと、私は思います。
サンダース氏とトランプ氏の主張は正反対のように思えますが、サンダース氏が富裕層への増税、公的医療保険制度の拡大、労働者保護の立場からのTPP反対などを掲げているのに対して、トランプ氏も共和党では異色ともいえる富裕層への増税や公的医療保険制度の持続、TPP反対を主張しています。貧富の格差に苦しむ人々の欲求不満のはけ口だけでなはく、トランプ氏が支持される理由が“政策”にも表れています。
フランスの経済学者トマ・ピケティの『21世紀の資本』が米国でベストセラーになったのは2年前ですが、今回の大統領選レースは、ピクティが描いた格差社会のマグマが政治のうえでも、噴出し始めたということだと思います。
このところの米国政治は、民主党と共和党との断絶が激しく、「分裂するアメリカ」ともいわれ、オバマが大統領に当選したときに叫んだのも米国の統一でした。しかし、今回の大統領選の本選挙で、クリントン対トランプの戦いになれば、中高年者対若者、エスタブリッシュ対非エスタブリッシュ、自由主義対保護主義、プロの政治家対アマチュアの政治家といった対立軸で争うことになり、これまでの両党の支持者のクロスオーバーが進む可能性があります。
民主党の若者が左派のサンダース氏を熱心に支持する姿は、1972年の大統領選で、ベトナム戦争からの即時撤退を掲げて民主党の候補となったジョージ・マクガバン氏の戦いを思い起こさせます。本選では、米国民の中間派の支持をえることができず、共和党のニクソン候補に大敗しました。
一方、億万長者というだけではなくテレビ番組で人気を得たトランプ氏の演技力は、1980年の選挙で共和党の候補として勝利した元ハリウッド俳優のロナルド・レーガン大統領を思い出させます。映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』で、主人公のマーティが1985年から1955年にタイムスリップしたときに、ドクから「1985年の大統領は誰?」と尋ねられ、「ロナルド・レーガン」と答えると、「それじゃ副大統領は(喜劇俳優の)ジェリー・ルイスか」と、信じてもらえない場面が出てきます。少し前までは泡沫候補で、お金持のお遊びみたいに思われていたトランプ氏と似ています。もし、本選で、民主党支持の若者がトランプ支持に回る現象が起きれば、奴隷解放をした共和党のリンカーン大統領嫌いから、伝統的に民主党支持が多かった南部の白人層を共和党支持に変えさせたレーガン大統領以来の地盤変化ということになるかもしれません。
ともあれ、世界にとっては悪夢としか思えないトランプ大統領の可能性が出てきたことは、米国の病理が重いことを示していると同時に、日本を含め新自由主義の道を突き進んだ国家の末路を示しているように思えてなりません。
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大統領候補選びの報道を見て、新聞、TVの内容に驚きました。そこまで言うか!とね。我が日本では、きっと新聞は発行禁止、TVは電波停止になるのかな? 我が日本でも「保育園落ちた」でネット上に本音が出て国会でも取り上げられその返答にあきれ返ってしまった。この国の為政者は我々をどこへ連れて行ってくれるのだろうか。