気候危機への強靭性
台風19号は記録的な豪雨で各地に大きな被害をもたらしました。堤防の決壊は15日午前の時点で47河川66か所、越水など氾濫は延べ181河川に及んでいます。洪水の報道では、床下浸水が何戸、床上浸水何戸といった数字が発表されますが、14日夕現在、国交省の被害状況についての発表では、調査中としか出ていません。被害の全体状況がまだつかめていないということです。
町の中心部がいまも浸水している宮城県丸森町は、私の一族のルーツともいえるところで、曾祖父までが住んでいました。何度か訪れましたが、滔々と流れる阿武隈川のへりに町並みがありましたから、川が氾濫となれば、町中が浸水という状態になっているのでしょう。同町に住む友人は、山間部に住んでいるため水害は免れたものの、土砂崩れや流水で道路が塞がれ孤立状態だと語っていました。
それにしても、今回の台風に限らず、このところの台風や豪雨は記録的な降雨量をもたらしていますね。気象庁は、全国1300地点でのアメダスで観測された1時間降水量50ミリ以上の年間発生件数を公表しています。それによると、統計期間最初の10年間(1976~1985)の平均年間発生件数は226回でしたが、最近10年間(2009~2018)は311回で、約1.4倍もふえています。
集中豪雨の原因は、海水面の高い温度が台風や積乱雲などに強力なエネルギーを与えているためで、その原因をさかのぼれば地球温暖化とみられます。その原因をさらにさかのぼれば、石油など化石燃料の燃焼による二酸化炭素の排出量がふえて地球全体の「温室効果ガス」の濃度が高くなっている、ということになります。
何をいまさら、と言われそうですが、「気候変動」(climate change)はいまや「気候危機」(climate crisis)へと深化しています。スウェーデンの16歳の少女、グレタ・トゥンベリさんが世界の「気候危機」への積極的な対応を各国政府やおとなたちに求める「学校ストライキ」を呼びかけて話題になりました。台風や集中豪雨は、自然災害ですが、海水面の温度上昇が原因とみれば、自然現象というよりも物理現象であり、その原因が化石燃料の燃焼とすれば、文明のはての人災とみることもできます。
メディアの報道は、強烈な雨風が吹き付ける「現場」からの中継にはじまって、避難所風景、ヘリコプターによる救助、そしてボランティアの活躍といったドラマに終始しているように思えます。また、安倍首相は台風19号で設置された非常災害対策本部で「国でできることはすべてやる」と、災害対応への決意表明をしました。
しかし、地球規模での気候危機という文脈で集中豪雨や記録的防風を考えれば、いまメディアや政治家の取り組むべきことは、それだけではないと思います。マカロン仏大統領は今年8月の仏ビアリッツ・G7サミットの総括で、気候危機は「自然及び人的なシステムのいずれに対しても実存的なリスク」と語りました。「実存的リスク」なんて言われると、さすが実存哲学のサルトルを生んだ国などと思ってしまいました。ちなみに安倍首相の臨時国会の開会での所信表明演説は、集中豪雨や記録的な暴風には触れていましたが、気候変動には言及しませんでした。問題意識の違いでしょうか。
気候危機という視点から、これからの災害を考えるときに、気になることがいくつかあります。
第1に、ハード面での対応策です。政府・自民党は、東日本大震災以来、国土強靭化を前面に出して、防潮堤などハード面での防災対策を進めようとしています。地震に限らず、このところの集中豪雨や台風をみれば、防潮堤だけでなく、河川の浚渫による河道整備や堤防・護岸工事は必要でしょう。しかし、コンクリートで国土強靭化をはかろうとすれば、公共事業費が膨れ上がるだけでなく、自然との調和という人々の生き方がないがしろにされるおそれもあります。
来春の完成を前にした群馬県長野原町の八ッ場ダムで、台風19号が襲来する直前に試験貯水をはじめたところ、数か月かけて満水状態にする予定だったのが台風による豪雨で、一昼夜でほぼ満水になりました。八ッ場ダムは、首都圏の水がめの役割とともに、治水の役割も期待されていましたから、利根川水系の治水に一定の効果をあげたと国交省は評価しているようです。ネットには、八ッ場ダムの中止をいったん決めたのちに工事再開を決めた民主党政権の「悪夢」を思い起こさせた、といった声もありました。
たしかに八ッ場ダムが利根川水系への流水量を減らす効果はあったと思いますが、記録的な豪雨とはいえ、一昼夜で満水状態になるダムというのは、大丈夫なのでしょうか。今回、6か所のダムで、「緊急放流」が実施されましたが、ダムを守るための緊急放流が下流に洪水をもたらす危険が大きいことは明らかです。八ッ場も満水状態になったということは、もう少し降雨が続いたり、直前にある程度水を貯めたりしていれば、緊急放流になった可能性が大きかったのではないかと思います。
日本学術会議は2017年に発表した「大規模風水害適応策の新たな展開に対応した科学・技術研究を進めるために」と題して提言のなかで、1783年の浅間山噴火で、直後に我妻川に形成された土砂ダムが決壊した結果、大洪水が発生し1000人を超える死者を出した例をあげて、次のように警告しています。
「現在の治水計画は長年の降雨観測によって雨量を統計解析し、その結果から計画を決めている。この方法は一見科学的・合理的に見えるが、降雨のみによる計画である。先述(浅間山噴火)のような複合災害では、これをはるかに上回る破滅的な洪水が河川を流れ下るであろう」
このような「超大規模災害」が起こるのは非常に低い確率だとしているので、だから八ッ場ダムは危ない、と言うわけではありません。しかし、八ッ場ダムが利根川に合流する我妻川に建てられていて、その我妻川は浅間山が噴火すれば、塞がれてしまうこともありうる、という歴史的な事実は忘れてはならないと思います。
第2に、ソフト面での対応策です。浸水についてのハザードマップの重要性は、今回の水害で高まったと思いますが、どこのタイミングで逃げるか、というそれぞれの行動については、日ごろからの家族や地域での共通認識と訓練が必要ですが、それがほとんどできていないということです。
台風19号で、私の携帯には東京都世田谷区から10回ほどの「緊急エリアメール」が配信されました。多摩川の氾濫のおそれがあるとした「避難指示」(緊急)では警戒レベルは4、その後に届いた「氾濫発生」では警戒レベルは5でした。我が家から多摩川までは直線距離で4キロあり、洪水ハザードマップでも、レッドでもイエローでもないホワイトの地域だったので大丈夫だと思いましたが、念のため、NHKの防災アプリで避難情報を調べました。それを見ると、避難が必要な地区名と避難場所が書かれていて、自分の地区の避難所である小学校の名前がないので、避難の必要はないと確認しました。私が得た情報の多くは、スマホやパソコンで得た情報がほとんどだったので、それらが使いこなせない高齢者は情報を得るのに苦労したのではないかと思いました。
多摩川の氾濫をめぐっては、避難所が満杯で入れない人もあった、というニュースが流れていました。実際のところ、避難所は、その地域のすべての住民を受け入れる用意がないのが実情です。たとえば、私が住む地域の避難所である小学校が避難所にしている体育館の収容人数は200人程度なのに対して、住民の総数は1万人を超えています。用意している非常食は3日分で2000食しかありません。
こうした地域の情報は、町内会での防災訓練などで共有されるものですが、実際に参加する住民の数は限られていますし、マンションなどでは町内会に入っていない住民もたくさんいます。外国人も住んでいます。今回は台風でしたが、大震災が起これば、どうなるのか、「帰宅難民」も多数、避難所に来ることを考えると、どんな状態になるのか想像もつきません。
水害に戻すと、国交省は2015年に作成した「水防災意識社会 再構築ビジョン」のなかで、「住民目線のソフト対策」として、スマホなどを活用して「避難行動のきっかけとなる情報をリアルタイムで提供」することなどに取り組むとしています。その通りだと思いますが、「住民の目線」を災害に向けさせる地域コミュニティーの再構築という重い課題がどこの地域でも残っているのだと思います。
第3は人口減少を考えた町づくりです。前述の学術会議の提言は、人口や資産が集中する東京湾、伊勢湾、大阪湾などのいわゆるゼロメートル地帯では、これからの地球温暖化で予想される海面の上昇に備えて、「人口減少を踏まえた土地利用の転換・再構築」を提言しています。
東日本大震災では、津波被害の大きかった海岸近くの住宅地を居住禁止地域として、高台移転を進めました。大都市圏についても、深刻な被害が予想されるゼロメートル地域の住宅を移転させたり、下層部分をあけた高床式のビルにしたりして、もとの住宅地を遊水地にするなどの計画を検討すべき時期にきているということだと思います。
最後に、気候危機へのビジョンを持ち、その対応策を実行できる政治をつくっていくことが必要だと思います。前述のグレタ・トゥンベリさんの運動は、英国のエクステンション・リベリオン(XR)の運動に触発されたと伝えられていますが、国際的には、多くの市民が気候危機への政府の積極的な行動を求めてさまざまな活動が起きています。日本でのこうした市民活動はまだ大きく広がっているとはいえません。
大きな自然災害に対する強靭性(レジリエンス)は、ハード面やソフト面、そして人々の意識の共有が求められます。そのことを再認識させているのが今回の台風被害だと思います。
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高成田享先生の御話は今の政治家が直ぐに実行に移すべき問題です。内閣主導の早急な課題です。国会で官庁の答弁書を答弁しているだけでなく日本沈没を防ぐ先導方向に舵を切り替えて欲しいものです。