エルリッヒ展・・本当に見るとは、どういうことか?
エルリッヒ展・・本当に見るとは、どういうことか?
平成30年 2018 1月
仲津 真治
東京六本木の「森美術館」で風変わりな展示をしていると言うので、
寒さを押して出かけました。数日前の大雪の影響で、都心と言えども、
至る所に残雪がありました。会場は六本木ヒルズの53階でした。
1) 「 レアンドロ・エルリッヒ」とは?
作者は、1973年生まれの「アルゼンチン」の奇才で、異能を誇る美術家です。名前がスペイン風でないので、分けを聴いたら、学芸員から返ってきた答えは「ドイツ系の移民の血筋」とのことでした。 南米に多い系統と聞きます。インタービューを展示場で受けた映像記録がありましたが、その印象からは、実年齢より若く見え、穏やかで謙虚な人柄をしのばせました。実に滑らかな英語を話していました。
展示作品数は四十点と少ないのですが、結構時間がかかりました。 その理由は見学を始めて直ぐ分かりました。一個一個の展示が、多く立体型なので、大スペースを要することが第一でした。また、動的展示も結構在り、見て、中へ入り、其処に身を置いて、廻るという感じになりましたね。
2) 人の錯覚を利用したエッシャーの「だまし絵」の世界より、更に根が深い
印象
二十世紀に活躍したエッシャーの作品は絵画ですが、今世紀のエルリッヒは主に立体乃至動画です。 その分、見極めが付き易いと思うのですが、実際は逆でした。
鑑賞や視聴覚体験をしていると、ヒトの知覚では、錯視や錯覚などが起こりやすいことを教えてくれます。ヒトの視覚は網膜に映じる像が素になっており、それは二次元の世界ですが、其処の奥で、脳が立体的な感覚に再構成しており、吾人はそれを現実として見ていると申します。 つまり、ものそれ自体は知覚されず、其れを素にして脳が生み出す総合的な知覚像が外界として認識されているとのことです。エルリッヒはこれが良く分かっているのでしょう。
エッシャーは「本当らしく見えるが、実はおかしい世界」を描きましたが、エルリッヒは、「ヒトの見ている世界を看せていますが、其処に在るヒトの思い込みを分かりやすく摘出している」ように思えました。
3) 暗闇に浮かぶ手漕ぎボート
展示場に入ると、最初に「暗いですから気を付けて下さい。」と注意されます。「一体何?」と歩を進めると、 暗闇に手漕ぎボートが浮かび、ゆっくりと揺れていました。 数えると合計五艘、それぞれ小さな照明を浴びて暗い中にも色彩豊かな世界を現出していました。 でも、在るはずの水面が在りません。それがつまり、「水に浮かんでいる」との「ヒトの思い込み」なのです。 だが揺れて居るではありませんか。
其処で暗中に係員と覚しき人が居ましたので、「この揺れは何?と」と聴いたところ、実際の舟の揺れをコンピューターに記憶させ、再現している由、「成る程」と納得しました。 道理で、一艘一艘揺れ方が違っていました。
4) 隣の部屋に浮かぶ雲、らしきもの四つ
感心した後、隣の暗い部屋に移りました。 其処には四つのガラス箱の中に、フランス、日本、英国、ドイツの各国のように見える雲が四つ浮いていました。 雲の形状から、その事は直ぐ分かりましたが、仏日は通常の地図と同じく北を上にしているのに、英独は南北を横方向にしていました。素材は不明ですが、形は微妙に動いており、蒸汽のようなものの吹き出しを想像させました。
この四カ国にした理由は、作者の母国アルゼンチンや、アメリカ合衆国では国が大きすぎ、程々の直方体の箱に納める必要があったと推理させました。日英独仏の形状や大小の類似性がこうした発想と展示に結びついたと思わせますね。
5) プールの水中に見える人々は?
このほか、驚きと感心の展示が続き、ヒトの思い込みの凄さや深さを教えられます。 そのひとつが 「プールの水中に見える人々」でした。
プールサイドに立って、水面下の覗き見ると、男女が起立して泳いでいるように見えるのです。 しかも、衣服を身につけています。 「あれ変?」と良く見直すと、そばに写真の展示されていて、この二人がプール下の地下空間に居て、ブールが極く浅く平べったい形状のものなのだと言う事を教えてくれます。
いや、参りましたね。思いつきの豊かさに、驚愕します。
6) 圧巻は建物・・
でも、圧巻は何と言っても、45度の傾いた鏡が床に横になった人々を映して、あたかも垂直の建物の外壁にぶら下がっている様な外観を呈する展示でした。
その奇怪な光景は、サイドから写真に撮ることも出来て、トリックの種明かしをしているのですが、ヒトの、見え方や思い込みの深さと凄さにあらためて驚かされましたね。
・・・・・・・・・・・・・・・
展示はこの4月1日まで続く由、御関心の向きは貴確認の上、森美術館まで
お出かけ下さい。
前の記事へ | 次の記事へ |
コメントする