生成AIが開くメディアの新展開
本稿は、『私たちの教育改革通信』第301号に寄稿した文章に若干手を加えたものです。
◇プラットフォームの“毒饅頭”
1995年はプロバイダーの登場によって、一般の人がインターネットを利用できるようになった年で、インターネット元年と呼ばれています。その年、日本の三大新聞は、いち早く記事の一部をネットで発信し始めました。朝日の「オープンドアーズ」と「アサヒコム」、読売の「YOMIURI ONLINE」、毎日の「JamJam」(翌年AULOS)です。
そして、翌1996年、Yahoo!ニュースが始まり、三大紙や地方紙は順次Yahoo!向けに記事を配信するようになりました。当時の新聞社の判断について“毒饅頭”を食ったと言われることがあります。新聞社がYahoo!の“下請け”になる道を開いたという意味です。まだ紙の新聞が激減するというような危機感がなかったこともあり、新しいメディアにコミットしておこうというくらいの軽い気持ちで記事を提供しはじめたと言われています。
ただ、多くの新聞社の動きを横目に、日本経済新聞だけは、いまだにYahoo!に記事を配信していません。日経電子版は有料デジタルの購読数約87万(2023年7月)でトップに立っています。(ただし、この数年伸び悩んでいますが、2位の朝日新聞デジタルの有料購読数約30万を依然引き離しています。)
◇ニュースメディアに接近するプラットフォーム
昨今、特に海外で、ニュースのパブリッシャー(新聞社、通信社、放送局、ネット専業ニュースメディア、フリージャーナリストなど)とプラットフォームとの間の緊張関係が高まっています。オーストラリアやEU、そして最近ではカナダがGoogleなどプラットフォーム企業に、ニュース記事を適正な価格で買うよう政府が圧力をかけています。 それに対して、Googleとメタ(旧Facebook)はニュース配信を止めると表明するなど綱引きが続いています。
◇ChatGPT登場と急普及
ところで、そうした折、2022年11月に、オープンAI社のAIサービスChatGPTが公開されました。これは、「〇〇について教えて」と尋ねると、たちどころにわかりやすい文章で回答してくれるというので、またたく間に全世界で使われるようになりました。これまでFacebookやツイッターなどが登場したときと比べて桁違いに早いスピードで登録ユーザーが増加しています。
ChatGPTについての解説や使い方などの本・雑誌が次々に発行され、ChatGPT狂騒曲とでもいうような状況が続いています。Googleなども対抗製品を発表、AIの急速な発展、変化に、多くの国で期待と不安が高まっています。ChatGPTのGPTというのは、Generative Pre-trained Transformerの略で、生成的な、事前学習された、深層学習モデルというのが直接の意味です。現在GPT4というバージョンまでできています。
これはチャット(対話)による問いかけに対して、自然な文章で応答するサービスです。対話ができ、読みやすい文章で回答できるのは、大規模言語モデル(LLM)という原理によっています。かつての第1次(1950~60年代)、第2次(1980年代)のAIブームのときは、コンピューターに論理モデルを組み込もうとしたり、特定の分野の専門家の知識を覚えさせようとしました。そのタイプのAIも将棋の例を思い出すまでもなく、以前からいろんな場面で使われています。
それに対して、GPTの場合は、論理でなく、気の遠くなるような量の既成の文章を読み込ませて、たとえば「雨が」と来れば、次は「降る」になる、あるいは「やむ」になるといった確率がどのくらいかという統計をとって、大規模言語モデルとしてストックしているわけです。さらに、文章で質問をされたときに、どう回答するかという学習を加えてChatGPTができあがりました。もともと組み込んである論理に当てはめて答えるのでなく、問いに従って“もっともらしい”文章の回答を「生成」するAIです。
ベースは大量のテキストの深層学習によっていますが、プロンプト(問いかけ、指示)の記述によって、画像を生成させたり、エクセルでは手に余るようなデータ処理やグラフ表示ができたりします。
◇プラットフォームが抱いた危機感
このChatGPTの急速な発展、普及ぶりを見て、Googleのような検索エンジンを提供しているプラットフォーム企業が危機感を覚えています。つまり、ChatGPTに知りたいことを尋ねれば、Googleの検索ページを開かなくてもすんでしまう可能性があるからです。たとえば、「初めて京都に行くので、主な名所を3日間で回る計画を立てて」と頼めば、1日目どこどこ、2日目どこどこというように案を示してくれます。
ChatGPTは、つじつまの合う文章で答えますが、実際には事実に合った正しい答えをするとは限りません。伊藤譲一さん(元MITメディアラボ所長)は、ChatGPTは「知ったかぶりの友人」と思えと発言しています。それに対して、マイクロソフトの検索エンジンBing(ビング)はChatGPTと連携してBingChatというサービスをを提供しはじめています。ChatGPTと同じように文章で問いを投げかけると、Bingで検索結果を示すというものです。対話型のAIと検索エンジンの強みを合体させる意図で作られていますが、筆者はまだ未成熟の印象を持ちました。
◇プラットフォームがメディアに接近
以上のような動向の中で、プラットフォーム企業がパブリッシャー(メディア)に接近しつつあります。
ChatGPTを提供しているOpenAI社は、世界的通信社のAP通信と提携しました。APの持つテキストベースの記事を、OpenAIが大規模言語モデルの学習のために使えるようライセンス供与するとのことです。APは、引き換えにOpenAIの専門知識と技術を利用できることになります。この動きの背景に、OpenAIや他の生成AI企業が、インターネット上の文章データを、作成者の許諾無く勝手に利用していると批判されていることがあります。実際、ニュースメディアの記事を勝手に学習させないよう規制する必要があるとの声も高まっています。
また、Googleはニューヨーク・タイムズなどの有力報道機関に対して、AIを使ってニュース記事を作成する製品を売り込んでいます。しかし、その能力については、まだ疑問が残るとの声もメディア側から上がっています。これらの動きは、いずれも複数のメディアが2023年7~8月に報道したもので、今後まだ、思いもよらない事が起きるかしれません。なお、日本のYahoo! は今のところ表だった動きを見せていません。
◇記事づくりの助っ人
『チャットGPT vs.人類』(文春新書)の著者平和博さん(元朝日新聞記者、桜美林大教授)は、ChatGPTは、いわばインターンだと思って活用したらよいと言っています。適切な使い方さえすれば、取材準備から記事作成までのプロセスの各所において、優秀な“インターン”としておおいに役立つことでしょう。
記者が取材において収録した音声の文字起こしをすることは、専用ソフトの進歩により、かなりうまくできるようになりました。そのテキストファイルを、ChatGPTに読み込ませると、話のまとまりごとに分割するとか、そのそれぞれに見出しをつける、要約をつくるといったことがすぐにできます。複数の取材情報を1本のレポートに集約するようなこともさせられます。その場合、取材が現場で対面で行われたのなら、そこで得た実感ないしニュアンスをもとに、AIのアウトプットに修正の手を入れることもできるでしょう。
筆者が実際にChatGPTを利用してみてわかったのですが、要約もさることながら、子ども向けにやさしく書き直してほしいという要求にかなりうまく答えてくれました。
読者からのたくさんのコメントの整理にも使えそうです。Yahoo!ニュースを見ると、ニュースによっては膨大なコメントがついていて、ほとんど見る気もしないということがしばしばあります。まっとうなコメントも、多数のゴミのようなコメントの中に埋もれてしまっています。そんなこともあって、Yahoo!にニュースを配信している新聞社の自社サイトでは、通常、読者が記事にコメントできるようにはしていません。しかし、AIを使えば、“まっとうな”コメントを自動的に選び出して、趣旨別に分類したり、キーワードを抽出したりすることができるでしょう。せっかくのデジタルなのに実はむずかしかった双方向のニュースメディアが実現しやすくなります。
ところで、「コタツ記事」という言い方があります。取材などせず、よそのサイトからの切り貼りで、人目を引くテーマの記事(たとえば健康法など)を作ってアクセス数をかせぐ、広告収入ねらいの記事のことです。懸念されるのは、ChatGPTを使えば、そんなコタツ記事を膨大に作り出すことができるという点です。
コタツ記事のライターではない、記者の「命」は、今後いくら技術が発展しようが、現場に出かけていって、取材対象に身体的に向き合うところにあるでしょう。この身体性や現場性というのがAIにはできない、記者の最後の砦だと思います。。
◇データジャーナリズム
昨今、調査報道の分野では、データジャーナリズムという取り組みが目立ちます。このほど調査報道大賞(報道実務家フォーラムとスローニュースが主催)で部門賞を取った朝日新聞の「みえない交差点」はまさにその例です。警察庁が公開している交通事故に関するデータの通常使われてない部分をさぐって、新しい事実を発見したものです。
また、軍部独裁の国における抗議運動の参加者の死が、軍の発砲によるものだという事実を、ベリングキャットという国際的なグループが、ニュースやSNSにアップされている映像の断片をつき合わせて解明しました。これも一種のデータジャーナリズムと言えましょう。この類いは、特にOSINT(オシント、Open Source Intelligent)と呼ばれています。
これらのデータジャーナリズムにおいて、AIが役割を発揮する余地はおおいにあると言えます。その際、AIを活用したニセ映像なども今後増える一方と思われますが、そうした困難を乗り越える努力が続けられています。
◇ストックのフロー化
以前、私は、紙の新聞を平面とすると新聞のデジタル版は立体であると言いました。立体であるがゆえに、量的、時間的、機能的な制約から解き放たれます。ですから、たとえば前記の「みえない交差点」の連載記事は、現状でも検索機能で探してまとめて見ることができます。
しかし、AIを使えばそれ以上のことができるようになります。たとえば新聞社が、AIに自社の記事全体を大規模言語モデルで学習させておき、その新聞専用のChatGPTを読者に使わせるというサービスをつくることができます。すると、読者は過去の記事をもとに、さまざまな組み合わせで、新しい価値を持つ記事(ひとまとまりのコンテンツ)を各種作り出すことができます。音楽ストリーミング風に言えばプレイリストです。これはストックのフロー化であり、また、ワーソース・マルチユースの考え方だということもできます。
私が考えた一例として「調査報道“再発見”」というような企画が考えられます。過去の調査報道で筆者が思い出す筆頭は、20世紀の最後の年の2000年11月5日に毎日新聞が報じた旧石器捏造の大スクープです。このあと歴史教科書までが書き換えられる大きな社会的影響がありました。
発覚の20年後、同紙はいくつかの関連記事を載せています。その例のひとつは、石器分析の基礎をどう再構築するかと問うている記事で、もうひとつは、町おこしの観点からの記事です。これら以外にも、この23年間に、捏造発覚の余波に関する記事がたくさん載っています。ChatGPTを使えば、そのすべての記事を読み込んで、1次的な整理ないしまとめがたちどころに返ってくるでしょう。
当然ながら、読者向けサービスという以前に、編集者それぞれの発想によるさまざまな切り口で過去の記事を再編集して、興味深い“プレイリスト”を生み出すことも可能です。このような新たな価値を新聞の有料デジタル版が持つようになれば、紙の減少を補う読者拡大にもつながるのではないでしょうか。
◇学びを支援するパーソナライズを
朝日が「見えない交差点」をまだ発表していない頃に、「警察庁の発表統計には信号のない交差点での事故が入ってないのでは?」などとあらかじめ注目していた人がもしいたらすごいです。普通は具体的に見せられて初めて、これは知るべき重要な記事だという感想が生まれてくるものでしょう。
自分にとって得意な分野とか、特に関心を持っている分野や株価情報などの実利的な関心分野は別ですが、そもそもニュースの価値は、それによってハッとさせられて目を見開かされたり、社会的課題に気づかされたりすることにあるのではないでしょうか。
さらに、それをもとに、記者にコメントを返したり、誰かと意見を交換する、あるいは自分なりに考えを深めていくことが考えられます。そのときに、ChatGPTのようなAIツールが役に立つ可能性があります。それは、いわばニュースをもとにした学びが生まれるということです。ニュースサイトのパーソナライズサービスは、読者の視野を広げる学びを支援するものであってほしいものです。
◇スマホを超えたインターフェイスを
スマホの小さな画面で何でも見るのが標準的なスタイルになってしまっていますが、情報との接し方はもっと多様になっていいのではないでしょうか?
私が考えたのは、VR技術を使ってニュース記事を球面に貼り付けるという方法(ニュースアース)です。その日その日のニュースが、大小おりまぜて紙面ならぬ球面に表示されて、そこからニュース本文や動画、さらに過去の関連記事、あるいは参考図書情報、執筆記者のプロフィールやこれまでの執筆記事などを構造化してリンク表示できるというものです。地表に近い層とか、マントル層などと層区分をしてもいいかもしれません。
日頃よく見ている目当てのテーマにさっと直接行くこともできるし、また、任意の方向に球を回してどこかで止めると、出会ったことのないテーマの記事と新鮮な出会いが生まれるでしょう。
アップルが発表したApple Vision Proというゴーグルは、バーチャルな大画面を目の前にして、上記のニュースアースを見るのに適しているように思われます。
◇記者と読者に問われるもの
ChatGPTのような生成AIをうまく活用する基本は、よい問いを発することです。それはすぐれた記者はますますすぐれた記者になり、深く考える読者はますますそういう読者になるということです。そんな記者と読者が出会い、対話ができるメディアをつくっていきたいものです。
★ご参考
藤村厚夫氏(スマートニュース社フェロー)による「生成AIとメディアの現在、未来」と題する講演(JEPA日本電子出版協会主催、オンライン)をご参照ください。本稿で触れてない負の側面および未来についてスマートメディアという言葉で語っています。
資料:https://www.jepa.or.jp/sem/20230919
映像:https://www.youtube.com/watch?v=i_pcrB3fa0U
※タイトル画像は日本新聞博物館で開催された「ペンを止めるな!神奈川新聞130年の歩み」(2021年)の展示を筆者撮影
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