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わくわく:ネアンデルタール人の絶滅の謎に迫る

2016.02.06 Sat
社会

平成28年(2016)2月
現生人類と数万年前まで共存していたとされ、私ども「ホモ・サピエンス」に良く似ていた体型と風貌の「ネアンデルタール人」は、その終焉期に急速なる人口減少に見舞われ、遂に絶滅したと言われます。その原因については諸説在るものの、本当の所が分からず、未だに大いなる謎とされて来ました。

そこへ、「ヒト(ホモ・サピエンス)とイヌが大いに関係している」との新しい切り口が近年、提示されました。それを打ち出した著作は、私の様な素人には甚だ分かりにくいものでしたが、何とか読み下しました。この機会にやっと理解した範囲で、ポイントを記したいと思います。

その本はアメリカの女流「古人類学者」である「パット・シップマン(Pat Shipman)(ペンシルバニア大学名誉教授)の力作「How Humans and their dogs Drove Neanderthals to Extinction」と言う原著の監訳版です。

直訳すれば「如何に、ヒトとイヌがネアンデルタール人を絶滅させたか。」と言う事になりましょうか。ちなみに、私どもは、この人々の事を「旧人」、そして「ホモ・サピエンス」の事を「新人」と学校で習いましたが、近年、こうした用語は余り使われなくなっているようです。 そう言えば、後者は「クロマニヨン人」とも呼ばれますが、ネアンデルタールもクロマニヨンも、ともに、それぞれの人々の遺跡や化石の発見場所に因む名称と聞きます。
新説の核心

シップマン名誉教授の新説のポイントは、まず、ネアンデルタール人の絶滅時期がこれまでの学説が主張してきた「約三万年前から二万七千年前」よりは前で、約四万年前までであろうとしている事があります。それは、放射性同位元素を使った調査・測定が以前より精確となり、一時代前のものより新しい推計を用いたことが反映されている由です。

そして、約二十万年前よりアフリカ東部(ケニア、タンザニア、エチオピア付近)に登場していた現生人類が、約六万年前に新天地を求め、北へ移動を開始、やがて中東からユーラシアの生態系に到着、侵入し、優位な補食者として広がって行きました。斯くて、約四万二千年前から三万六千年前にかけて、現生人類はユーラシア各地に遺跡などの化石記録を残す生活を展開し、拡大します。その遺跡では、マンモスの化石が大量に見つかり、その住居もマンモスの骨などを多用して築かれていた事が分かっています。

斯く在って、結局の所、現生人類は南極大陸を除く全世界に生存・居住の範囲を広げたのですが、こうした事を現実のものたらしめたのは、現生人類がその拡大の初期に、強力な頂点補食者として優位を確保したからであり、それは他の頂点捕食者との連帯があったからと推定されるとシップマンは主張します。そして彼女は、ここに「他の頂点捕食者」とは、その呼び方に悩むけれども「オオカミイヌ Wolf-dogs」の事だと言うのです。では「オオカミイヌ」とは何か、それは従来「古代イヌ」と呼ばれていた動物のことのようで、彼等が現生人類に飼われるようになったのは、在来説が言って来た時期より、もっと前の事だと言います。ただ、元々はオオカミですから、賢くとも野生で在り、現生人類との共存は試行錯誤の連続であったと推測されると言います。つまり、長い時間をかけて、その社会性、嗅覚の良さ、足の速さ、そしてヒトと視線を合わせる特性が活かされたと申します。

現生人類は、周囲に居る動物の中から、選択的に家畜を育成し、道具として使う事が得意でした。斯くて、山羊、羊、牛、馬、猫などが現生人類の生存圏域に取り入れられ、育ってきたわけですが、その動物群の一角にオオカミがおり、そこから、徐々に飼い慣らされるものが出て来て、それがオオカミイヌとなり、俊足や嗅覚を活かした狩りや、獲物の保管などに使われるようになったと見られるというのです。その際、「オオカミイヌがヒトと視線の合う動物で在ったこと」が特に有用であったと申します。視線が合うとは、お互いに目で意思疎通が出来ることに通じる由、わくわくさせる凄い事ですね。
(どういうわけか、鹿は身近に居るのに家畜となりませんでした。)

かくて、現生人類にとって、オオカミイヌは食用とならずとも、極めて有用となり、その死に当たっては丁寧に埋葬すらされるように成っていきます。これが、オオカミイヌ
の骨が現生人類の遺跡で、或る時期から多く見つかるようになる分けだと言うのです。そして、このオオカミイヌは、約四万二千年前から三万六千年前の間、そしてそれ以降、一段と飼い慣らしが進んで、やがて「イヌ」という動物となり、元の狼とは、はっきり区別されるものとなります。でも元々はオオカミですから、その種は変わらず、お互いに亜種同士で在り、交雑は可能で、出来た子に孫が生まれ、以降の世代に繋がっていくことことが出来る由です。(対して、例えば虎とライオンの雑種はライガーと呼ぶ由ですが、これは一代限りで終わります。種が違うのです。)
何故、ネアンデルタール人が滅び、後発侵入者である現生人類が生き残ったか?

前述の通り、著者は「優位な頂点捕食者である現生人類が、ユーラシアに侵入後、他の優位な頂点捕食者であるオオカミと遭遇、これを飼い慣らすようになり、やがてオオカミイヌとして狩猟などに活用、それと連帯するようになった事」を大きな契機・要因と見ています。斯くて、著者は、ネアンデルタール人やマンモスの絶滅などを巡る、多くの疑問が、この考え方で解消されるとしています。

このことを新説の核心として、本書の中で面白かった、他の諸事情や視点に触れておきましょう。

1    先ず、ネアンデルタール人は、数十万年間に亘って、その食生活や石器に変化が無かったことが在ります。この人々は、新たな技術を開発することや生活様式の変化に不熱心であった由、つまり進取性を欠いたのです。

ネアンデルタール人の狩猟の基本は、棒などの道具を使った待ち伏せ攻撃でした。これに対し、現生人類は、槍や弓矢などの投げる・飛ばすタイプの武器や道具を使うようになっており、更にユーラシア侵出後、オオカミイヌなどを活かせるようになりましたので、追跡型が主となり、決定的な差が生じたと見られます。

斯く見ると、現生人類はネアンデルタール人の生存圏域への「侵入生物」と言えるでしょう。この「侵入生物学」は1985年頃から発達してきた新しい研究分野の由、それは「人類の進化史を紐解き、さらに人類の未来の行方を解き明かす新たなツールを提供」するものと、著者は記しています。

2    ところで、多くの生物死滅の原因としばしば言われる、氷河期などの気候の寒冷化は、確かに生存を困難ならしめる要因ですが、ネアンデルタール人は、それまで何度も寒冷期を乗り切っていますので、その終焉期だけ氷河期の到来が生存不可のダメージを受けたとは考えにくいと言います。ただ、その生存圏域は概ねヨーロッパから中東にかけてなどで、ユーラシアの一部に限られていました。対する現生人類には移動・拡散指向が強く、その背景には急激な人口増加があった由、人口圧力の大きさは無視できないと言います。

3    他方、ネアンデルタール人は力が強く、体格も良くて、平均すると代謝量で、現生人類を一割強も上回っていたと言います。ただ、これは、必要カロリーが多くなることを意味し、生存にはむしろ不利だったようです。 こうした事は人口減をもたらし、ネアンデルタール人の集団を小さくし、そして、相互の意思疎通を衰えさせ、その文化やノウハウの継承を困難にして行ったと見られます。

そうした状況の中で、ネアンデルタール人は後発の現生人類もともに、蛋白質が豊富な食生活を好んでいました。これは両者の競合が起きやすいことを意味します。

4   さて、現生人類の移動により、両者が最初に出遭ったとき、「よく似ているようで妙に違うところもあるような」御互いの存在に、ともども恐怖と不安を感じたと想像されます。それは、言葉の通じない異国に初めて行ったときのカルチャーショックより、もっと大きなものであったでと思われます。

5    しかし、両者間には深刻な対立・相克が生じたのかどうか、それがどの程度のものであったのか良く分からないようですが、殺戮が起きて多数の遺骸が発見されると言う発掘例は無いようなのです。取り分け、道具、ノウハウ、相互の意思伝達において優位に立ったと推測される現生人類が、ネアンデルタール人を襲撃して多くを死に至らしめたような跡(洞窟など:両者が交互に利用した洞窟も在る) は無いと申します。

にも関わらず、ネアンデルタール人は、現生人類との遭遇後、数千年ほどの共存期間を経て死滅、絶滅に至ったのです。ここが将に「謎」なのでして、そこが多くの調査研究がなされ、この著作が書かれる背景で在る分けです。

6    関連で注目されるのは「針」の存在です。考古学の成果により、現生人類は約四万五千年前から骨製の針を使っていた事が分かっている由です。斯くて、現生人類は、この針を使い、獣皮や毛皮から衣服に当たる物を縫製していたと見られています。これは寒さを凌ぎ、暖かさを得て保つには極めて有用であったことでしょう。

これに対し、ネアンデルタール人は「針」を持っていませんでした。斯くて、だぶだぶの縫い合わせの無い獣皮を覆っていただけと推定されています。寒さは本当にこたえたことでしょう。

7  ネアンデルタール人は斯くて、寒冷化に代表される気象要因に影響されながら、侵入生物で在り、新たな頂点捕食者で在る現生人類が、将に生きた道具であるオオカミイヌと言う、別の頂点捕食者と連帯するなどして極めて優位に立ったため、競合関係に在る
不利さに長くは耐えられず、遂に絶滅に至ったと見られると言う分けです。

8    ネアンデルタール人と現生人類の交雑について

斯く、ネアンデルタール人が絶滅する前に、両者間の交雑が起きたことを、豊富なデータと緻密な研究成果をもとに展開したスェーデンの学者「ペーボ」のグループの研究については、この情報屋台でも紹介し、拙論も記しましたが、シップマン名誉教授は、この見方への積極的な肯定論を展開しないものの、「かつては絶対あり得ないことと考えられていたが、最近になってまれにではあるが、交雑があったことが明らかにされた。」と記しています。微妙な言い回しですが、どうやら論争がありそうな言い方で、現に他の箇所でも懸かる言及をしています。

ここは大いなる議論と、更なる調査研究が望まれるところでして、それらが学問の進歩や、人類と生き物に係る世界観の進展に資することと思われます。

最後になりますが、著者が明言する通り、侵入生物である私ども現生人類(ホモ・サピエンス)は、似た存在で在ったネアンデルタール人の絶滅から何を学び、教訓とするのでしょう。


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