危機に対応できるかG20サミット
世界20か国の首脳らが一堂に会すG20サミットが28日と29日、大阪で開かれます。日本では、「おもてなし」を世界に見せる機会だと喧伝され、政権はこの首脳外交の晴れ舞台を参院選前に見せることで選挙戦を有利に導こうとしています。しかし、世界が着目しているのは、今回のサミットが「今そこにある危機」にどう対応できるか、ということで、ここで大きな成果があがらなければ、議長国である日本は国際社会から失望されるだけです。
今そこにある危機の第1はイラン危機です。米国のトランプ大統領は、米国の無人偵察機をイラン周辺で撃墜されたのを受けてイランへの攻撃を指示、実際の攻撃10分前に作戦を中止させたことを大統領自身が明らかにしました。その後、米国は武力攻撃の代わりに、イランの国防システムを混乱させるサイバー攻撃を仕掛けたり、イランの最高指導者であるハメネイ師の米国内の資産を凍結する経済制裁を課したりしています。イランは、こうした米国の挑発的な行動に強く反発、米国とイランとの関係は、まさに一触即発の状態になっています。
米国を除くG20の首脳の多くが抱いているのはトランプ政権の危うさでしょう。昨年5月、トランプ大統領は、イランの核開発をやめさせるイラン合意を一方的に破棄し、イランへの経済制裁に踏み切りました。この合意は、2015年に米英仏独中ロの6か国とイランが結んだもので、中東の安定を維持するために関係国が外交交渉の末に到達した妥協策でしたから、米国を除く関係国の失望は大きかったところへ、今回の危機ですから、米国に対しては、いい加減にしてくれ、という思いでしょう。
トランプ大統領は、限定的なイラン攻撃によって、予想されるイラン人の死者が150人になると言われ、攻撃を停止したと語っています。しかし、米国の限定的な攻撃による死者は、その程度だったのかもしれませんが、イランが報復攻撃をすれば、中東に展開する米軍兵士に死傷者が出るのは確実で、大統領は、イランが報復行動をとった場合の米国側の犠牲者数などの情報を得ていなかったのでしょうか。イランと米国との全面戦争になれば、150万人の生命が危険にさらされる、と言っても過言とはいわれないでしょう。
さらにいえば、イランと米国との戦争は、ホルムズ海峡の閉塞に直結します。アラビア海からオマーン湾を経てペルシャ湾に入る要所であるホルムズ海峡が沈没した船舶で閉鎖されたり、陸上からの攻撃でタンカーの航行ができなくなったりすれば、サウジアラビアやイラン、カタールなどペルシャ湾沿いの原油基地からの原油の輸送が断たれます。そうなれば、世界経済への悪影響は計り知れません。
米国内のメディアは、攻撃命令の過程を検証していますが、大統領の攻撃命令は、ただのおどしではなく、実際に出されていたようで、その命令を撤回させたのは、政権内の軍事・外国の専門家たちではなく、トランプ大統領に好意的なFOXニュースのキャスターから「イランと戦争になれば、トランプ大統領の再選はない」と言われたからだと報じています。
政権内では、戦争を指揮するはずの国防長官が不在で、戦争を遂行するための指揮系統がはっきりしていないといわれていますが、イラン攻撃をめぐるドタバタ劇についてオバマ政権の国家安全保障担当補佐官だったスーザ・ライス氏は「安全保障を決定するプロセスの機能不全」と酷評しています。たしかに、世界で最強国の大統領が思い付きで攻撃を指示し、その妥当性を総合的に判断する機能が政権内に備わっていないということであれば、世界の人々は、枕を高くして眠ることもできません。
G20 のなかでアラブ・中東諸国はトルコとサウジアラビアだけで、イランは入っていませんが、世界の石油の3~4割の輸送は、この海峡を通過するといわれ、日本が輸入する原油の8割は、ここを通過しています。G20 の首脳会議は、イラン危機を戦争にさせないために、米国の行動がどれほど世界を危険にさらせているのか、トランプ大統領に理解させる絶好の機会です。そのためにはトランプ大統領が納得するような対応策をイラン合意の参加国や議長国の日本が示すとともに、自ら参画(コミット)する姿勢を見せる必要もあるでしょう。
安倍首相はイランに乗り込み、ハメネイ師らと会談し、「外交の安倍」を内外に見せようとしましたが、イラン側からは米国との対話を拒まれただけでなく、ホルムズ海峡近くで日本籍を含む2隻のタンカーが攻撃され、結果を見れば、イラン危機はおさまるどころか、拡大してしまいました。汚名返上の好機を生かせるか、G20 の議長としての力量が問われています。
そこにある第2の危機は米中の貿易戦争にからんだ世界経済の失速です。中国が高度成長期を脱して、安定成長期に入れるかどうかの時期に起きた米中貿易戦争は、世界経済のけん引役だった中国経済の急速な失速を生じさせるおそれを強めています。米国もウォールマートで売られているさまざまな商品からスマホなどのハイテク商品の部品まで、多くの商品が中国に依存しています。
1990年代以降のグローバリゼーションの進展による各国の相互依存関係が損なわれることになれば、世界経済は米国圏、中国圏などのブロック経済というあらたな枠組みを作り直すことになります。実物経済の世界が大きく変化すれば、マネーの世界でも、2008年のリーマンショック以降継続されてきた金融緩和による金融バブルが崩壊するかもしれません。
G20の元祖は、1973年のオイルショックを受けて、先進国の経済を立ち直すために開かれた日本を含む先進国首脳会議で、それがG7サミットとして長く継続してきました。世界経済の対応策を話し合うには、G7だけでは無理だというので、1999年からはじまったのがG20の財務大臣・中央銀行総裁会議で、それが2008年からはG20の首脳が集まるG20サミットになりました。つまり、世界経済の懸案を解決しようというのがG20サミットの最大の狙いですから、今回のサミットでも、貿易戦争を抑え、ブロック経済が進むことを阻む流れを打ち出せるかが問われています。
イラン危機とも世界経済ともからむのが化石燃料からの離脱を進める地球温暖化対策で、マクロン仏大統領は、G20の首脳宣言で、二酸化炭素など温室効果ガスの削減目標を2015年に定めたパリ協定に言及することを求めています。フランスの存在感を示すとともに、パリ協定からの離脱を宣言しているトランプ米政権をけん制するのが狙いでしょう。気候変動がますます深刻化するなかで、G20の場がパリ協定で一致した世界の流れに米国を引き戻せるか、これも問われています。
世界がいま直面している危機を見ると、トランプ大統領が深くかかわっています。G20サミットは「トランプ危機」への対応を話し合う首脳会議といえるかもしれません。そして、トランプ大統領が日本に突きつけてきたのが日米安保条約のいわゆる片務性の問題です。
トランプ大統領が私的な会話のなかで、相手国の防衛義務が米国だけに負わされている日米安保条約は一方的だとして破棄の可能性にも言及したと報じられたのに続いて、大統領は米テレビのインタビューで、日本が攻撃されれば米国は第3次世界大戦を戦うのに、米国が攻撃されても日本は米国を助ける必要がなく、ソニーのテレビで攻撃をみているだけと語り、安保条約の現状に強い不満を表明しました。「私的な会合」ではなくテレビのインタビューとなると、その発言の意味は重要で、もはや無視することはできません。
日米安保は、防衛義務では片務的ですが、米国にとっては、潜在的な脅威であるロシアや中国が軍事的に太平洋に進出するのを抑止、けん制する不沈空母ともいえる日本列島に、多くの軍事基地を置き、その費用の多くを「思いやり予算」という名目で日本から供与されています。そうした「片務性」を解消して、日米が対等の軍事同盟をあらためて結ぼうとすれば、米国の戦争に日本が軍事力を行使する機会が拡大し、戦争の放棄をうたった憲法に抵触するという議論が日本国内で沸騰するのは確実です。さらに安保条約そのものを破棄するなら、あらためて日本独自の防衛力をどう高めるのか、中国やロシアとの関係も含めて、「戦後の総決算」を迫られることになります。
日本政府は、日米安保体制は不変だとして沈静化をはかろうとしていますが、トランプ発言は、日米の通商交渉を有利にするためのおどし文句だけではすまない問題でしょう。通商問題で米国に譲歩を重ね、イージスアショアやF35など米国の防衛装備を買わされるだけの日本でいいのか、それこそ参院選の最大の争点だと思います。
日本のメディアは、日本が「主要先進国」の仲間入りをしたという自負を背景に、日本で開催されるサミットを「お祭り」として報じてきました。大きな出来事があると、新聞は「本記」、「解説」、「雑感」と分けて報じます。欧米のメディアは、世界の首脳たちが何を話し合ったのかについて報じようとしますが、日本は、そうした「本記」よりも、夕食にどんな料理が出たのかという「雑感」に着目しがちです。「本記」でも、日本政府の事前ブリーフィングをもとに記事を書きますから、首脳たちが何を発言したかよりも、日本の首脳が何を発言するかが記事の中核になりがちです。
サミット翌日の新聞の見出しが「議長国として存在感示す」「各国首脳、日本情緒に満足」となるように、日本政府と日本メディアが予定調和の世界で踊るダンスパーティーがこれまでの常でした。今回の大阪G20では、今そこにある危機に首脳たちが立ち向かうことができたのか、議長はそこに向けて議事をすすめることができたのか、そういう視点で、メディアは報じてほしいと思いますし、私もあらためて考えてみたいと思います。
(冒頭の地図は、googleの世界地図をもとにホルムズ海峡に★印をつけました)
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目から鱗でした。ありがとうございます。