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ロシア疑惑報告書に見る日米役人道の違い

2019.04.20 Sat

トランプ米大統領のロシア疑惑についての448ページに及ぶ調査報告書が公表されました。2016年の大統領選で、トランプ氏がロシアと共謀して対立候補のヒラリー・クリントン氏の追い落としをはかったとのロシア疑惑については、証拠不十分とした一方、この事件についてのFBIや特別検察官による捜査を妨害したのではないかという司法妨害疑惑については、犯罪とは結論付けなかったものの、限りなくクロの事実を示したうえで、犯罪かどうかの判断は議会に委ねました。

 

「ゲームオーバー」とトランプ大統領はツイッターでつぶやいたそうですが、野党の民主党が下院では多数を占める議会で、この報告書をもとにトランプ大統領を攻撃するのは確実で、大統領弾劾ゲームの第2幕はこれからということでしょう。大統領を弾劾するには、下院の過半数が訴追を決めたのち、上院による弾劾裁判で3分の2の賛成が必要です。上院は与党の共和党が過半数を握っていますから、弾劾が成立するのは難しいと思いますが、民主党は2020年の大統領選挙で、トランプ氏の再選を阻止する道具として、この弾劾カードをめいっぱい使うことになるでしょう。その過程では下院による訴追の可能性は十分にあるでしょう。

 

新聞に報じられた報告書の概要を読みながら、感心したのは、トランプ政権の閣僚らスタッフが大統領の要求を拒んでいることです。

 

ジェームズ・コミーFBI長官は、トランプ大統領がロシア疑惑の捜査対象に入っていないことを公表するように求めましたが、コミー長官はそれに同意せず、議会の公聴会でも、大統領は捜査対象外だと明言しませんでした。その結果、解任されました。

 

ロシア疑惑でロバート・マラー特別検察官が任命されると、大統領は法律顧問だったドン・マクガン氏に連絡して、マラー氏を辞めさせるように命じましたが、マクガン氏は従わず、法律顧問の職を辞しました。

 

大統領は、ジェフ・セッションズ司法長官に対しても、捜査が不公正だと言わせるように画策しますが、仲介を頼まれた政府高官は実行しませんでした。また、大統領はセションズ司法長官に、副長官に委ねた特別検察官に対する監督権限を取り戻すように求めますが、司法長官は拒否したのち辞任しました。

 

FBIのコミー長官は、民主党政権時代に就任し、大統領選挙直前の2016年10月に、ヒラリー・クリントン氏が国務長官時代に公的なメールの送受信を私的メールのアカウントで行っていたというメール問題を「再捜査」すると発表し、ヒラリー氏の支持率を急落させ、トランプ氏当選を助けたと民主党から非難された人物です。その時の政権の意向よりも、自分の信念を優先させる人なのでしょう。マクガン法律顧問やセッションズ司法長官は、トランプ大統領が選んだスタッフです。この人たちも、大統領の要求よりも、それぞれの職務を優先させたということになります。日本の官僚たちが政権に忖度して、本来の職務からはずれた行為を繰り返すのとは大違いです。

 

米国のスタッフが日本の官僚よりも立派、とは思いません。米国の閣僚などのスタッフは、その政権に仕えるだけで、政権が代われば、ほとんどの人たちが政権を去ります。日本の官僚は、少なくとも70歳くらいまでは、天下りという形の含め、役所に面倒をみてもらえます。政権に刃向かった役人は、この天下りネットから排除されますから、ときには面従腹背となっても、ひたすら政権に従うことになるのです。

 

米国の場合は、政権が代わると、政治、大学、シンクタンク、法律事務所、ビジネス、ジャーナリズムなどの世界に移ります。その際の人物への評価は、政権への忠誠度よりも、政権スタッフとしての実績や識見です。とくに、大学やシンクタンク、法律事務所などに移る場合には、パブリックサーバント(公僕)としての公益精神が重視されますから、政権の不公正な対応を批判して政権から去るのは、その人のキャリアにとってマイナスどころかプラスになることもあります。

 

今回の調査報告書で、大統領の不適切な言動が記録されているのは、大統領と対立した人たちが証言しているからです。もちろん、訴追というムチと司法取引というアメで、特別検察官が証言を促している面もありますが、大統領の立場を守るという私益よりも、国民に真実を語ることが公僕としての義務であるという“役人道”が米国にはあるということでしょう。

 

日本の官僚は、国益のために政治家を動かすという意識が強く、それが官僚支配につながり、官僚が政治を支配する官僚政治からの脱却が叫ばれることになりました。しかし、このごろは、一強といわれる安倍首相のパワーが強く、官僚に力が目立たないため、官僚政治や官僚支配いう言葉が死語になっています。官僚は官邸の意向を忖度して、公文書の偽造や廃棄までするのですから、もはや官僚政治とか官僚支配とはいえない状態になっているのは確かです。

 

選挙で選ばれたわけではない官僚が政治を動かすのが民主主義のあり方として健全とはいえませんが、国民に顔を向けず、政治家の意向を忖度するだけの官僚が行政を担っている姿も健全とはいえないでしょう。トランプ政権は、これまでのどの政権よりも情報が洩れている、といわれています。トランプ大統領の横暴ぶりに堪えかねたスタッフが情報をメディアなどに漏らしているのです。横暴な政権に対しては、内部からメディアへの情報リークがあるというのは、それなりの自浄作用というか、チェック・アンド・バランスが働いているといえるかもしれません。

 

森友・加計問題で、特別検察官が任命されていたら、どうなったでしょうか。この問題にかかわった役人は、やはり官邸の意向を忖度して、何もしゃべらないと思います。ロシア疑惑の報告書の要約を読みながら、あらためて日米の役人道の違いを感じました。


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