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ホロコーストの真実をめぐる闘い 満員の映画「否定と肯定」

2017.12.13 Wed
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ホロコーストの真実をめぐる闘い 満員の映画「否定と肯定」

平成29年 2017 12月
仲津真治
1) ホロコースト

この映画では、ホロコースト( the holocaust 英語 もとは「獣を丸焼きにして
神に供える儀式」の意味といい、ギリシア語が語源という。)の語を用いています。ただ、本来英語圏では大虐殺の意で、「ジェノサイド」などが用語として一般的でしたし、私もそう記憶しています。ところが、1978年にアメリカ合衆国で放映されたテレビドラマ『ホロコースト』によって、それが流行語となり、「ユダヤ人大虐殺」を表す言葉として普及した由、また、この作品が、ドイツを含む多くの国々で放送された結果、第二次世界大戦中のドイツによるユダヤ人迫害、特に民族絶滅の政策と実行を、「ホロコースト」と呼ぶことが定着したと申します。
斯くて、V.E.フランクルの迫力ある名著 『夜と霧』などの大戦直後に出版された書籍などに、この「ホロコースト」の語が出てこないのは、こうした事情によると聞きます。

2)  この映画の邦題は「否定と肯定」ですが、英語の原題は、 「DENIAL,
Holocaust  History on trial」となっていました。それが原作の表題です。
原作者は、アメリカ人のユダヤ系歴史学者の「リップシュタット」で、ジョージア州のアトランタに在る「エモリー大学の教授です。

斯くてホロコーストが在ったとするリップシュタット教授(主人公)と、そうしたことは無かったとする歴史学者の間で、論争が持ち上がりました。否定論者の典型的な存在が、英国人学者の「アービング」教授です。 その血筋は、典型的アーリア人です。

「でも、ちょっと待って下さい、ナチスドイツが行ったユダヤ人大量虐殺は周知の事実でしょう。」「それを、しかも歴史学者が否定するとは、どういうこと。」と素朴な疑問が沸いてきますね。 されど、この否定は確かに起きました。アービング氏は、何と、米国大学でのリップシュタット教授の講義に乗り込んで来て不規則発言し、その内容に抗議したのです。「虐殺など無かった。嘘だ。」いうわけです。

この後、所を変えても両者の間で激しい論争や遣り取りが続き、やがて、法廷での闘いに持ち込まれました。

3)  アービング氏が、リップシュタット教授の言説により、侮辱され、自身の歴
史学者として評価を貶められたとして、損害賠償を訴求する裁判を英国ロンドンの王立裁判所に起こしたのです。 1996年9月5日の事でした。 第二次大戦後約五十年ほど経ち、今から二十年以上前の事です。

訴因は「アービング氏はナチスの擁護者、ヒトラーの崇拝者で、ホロコーストが無かったという、その主張を裏付ける証拠を捏造した。」とリップシュタット氏が非難したことが、自身に損害を与えた言う分けです。

アービング氏が英国で訴訟を起こしたことは、大事な法廷戦術を含んでいました。米国でなら、訴えた側(原告)が立証責任を負うのに、英国では訴えられた側(被告)が立証責任を負うからです。 被告側が、「原告の訴えに理由が無く、不当であると事を証拠を示して論証しなければならない」と言うのですから、妙な感じがしますが、将に世界は広い、制度は様々なのですね。

それに、アービング氏は、自身の弁舌に自信があったのか、弁護士を立てない、つまり、一人で臨むという分けです。

4)  これに対し、リップシュタット側は、有能な弁護士を多く動員した大弁護団
を編成します。 当然、費用は巨額となりますが、米英などのユダヤ人社会等が総掛かりで支援したのでしょう。 多くの寄付が集められます。その中には、米国の有名な映画監督「スピルバーグ氏」の名も出ていました。

加えて、被告側弁護団は或る方針を立て、リップシュタット教授に、「自ら弁舌に立たないよう」に説得します。 教授は「何故?  自身で強く主張を展開したい。
それに、生存している強制収容所の元被収容者にも証言させてあげたい。約束したの。」とうったえます。 対して、弁護団は、「貴女の考えは、その著書で充分言い尽くされている。 なのに、貴女自身が弁ずれば、アービング側の無茶苦茶な主張と同じレベルで対峙することとなり、それは自身の品格を下げることになる。」との論を展開、遂に納得させます。

斯くて、腕に被収容者の刻印の入れ墨をされた人も、証言することはありませんでした。こうした弁護方針が妥当であったことは、その後の法廷で実証されます。

5)  次いで、陪審制によるかどうかの議論となりました。 大弁護団の意見は、
原告の同意を得て、陪審人無しで行こうとの線にまとまりました。つまり、裁判官一人の法廷です。 その訳は、陪審を入れれば、アービング側の素人受けする議論に影響される陪審員が出てきてまずいとの判断でした。
何とアービング氏も同意しました。 これは自身の弁舌に自信があったからと思われます。

英国の法廷らしいと思ったのは、弁論を展開する法廷弁護士と事務手続きを
行う弁護士が分かれている事でした。 いずれも専門性やトレーニングを
要するからか、初めて見るシーンでした。  それに、裁判官と法廷弁護士の二人
は、独特の鬘を被っていました。 これも英国の伝統でしょうか。

この裁判は大変な関心を呼び、多くのマスコミが押しかけます。それに世間の耳目を集めたためか、ユダヤ人もネオナチも一般人も傍聴などに大勢やって来たのです。 実に騒々しい展開でした。

6) さて、原告側の主張を崩すため、被告側は、原告の膨大な日記を証拠として請求し、入手し、それを元に追及していきます。 実はその中で、原告側の言動などに矛盾点が見つかったからです。どうやら原告側は自らの日記の記載内容に自信過剰があったようで、それに、その存在を広知のものにしていたようです。

もう一つ、現場の確認で、主要弁護団と被告は、ポーランドの「アウシュビッ
ツ」に向かいます。 私どもも何年も前に見学した元絶滅収容所の施設跡です。映画で撮られていた時期は冬で、寒々とした雪の光景が広がっていました。
そこで、この裁判に向け、被告側としての色んな計測、調査、確認が行われました。

地名で出来たのはドイツ名のアウシュビッツで、現ポーランド名の「オシフィエンチム」はついぞ表示されませんでした。 比較的近い旧都「クラコフ」が
居酒屋のシーンで登場したのは、劇映画だからでしょうか。

7)  原告が、「公知のナチ強制収容所などの存在、ナチ自体による隠蔽と破壊後
の姿、凄まじい数量の遺留品、膨大な証言と証拠の数々」を前にして、一体
何を根拠に否定するのかが、この映画鑑賞の大事なポイントでした。

ただ、この事に関して、実は「おお、それは。」と思わせるものは在りません
でした。 論争は細かい話で、例えば収容所のガス室にチクロンBと言われる
毒ガスを注入し、殺戮した後、残存ガスを抜く孔があったかどうかを巡って、
原告は「無かった」と主張したのでした。 これに対し、被告側は「確かに在った。」と反論、有力な証拠として「連合軍が撮影した航空写真が、問題となったガス室の屋上に空気孔が四箇所写っているところ」を実示していました。

などなど、法廷での証拠調べは懸かる細かい論点に係るもので、拍子抜けする
ようなものでした。

他方、法廷弁論は迫力があり、流石と思わせるものでした。実に一見に価する
ものです。

斯くて、何十日にも及ぶ裁判は結審し、被告勝訴となり、続く控訴審も同様と
なって、判決は確定しました。

8)  その後、二十年近くなり、英米で映画化された分けですが、其処に問題の根
深さと広がりを感じます。

日本人には極めて分かりにくいところですが、キリスト教圏におけるユダヤ教の問題はやはり大きいのでしょう。 端的に言えば、二千年ほど前のイエス・キリストの処刑に、或るユダヤ人が関わった事に端を発しています。

これが、受け止め方や程度に差こそあれ、中東から全世界に広まったキリスト教の信仰に多大の影響を与えているようです。 古代、中世を過ぎ近代に及んでも、問題は残り続けています。

多くのキリスト教徒からすれば、イエスの死に関わったユダヤ教徒、ユダヤ人は寛恕出来ないのです。 それが色んなところで、時代が遷っても、様々な契機で、大きくも小さくも噴き出るようです。 根深く、恐ろしいものがあります。


この記事のコメント

  1. 松岡茂雄 より:

    いわゆる韓国人の「従軍慰安婦」は20万人、30万人にのぼる「性奴隷」でその多くは戦場でホロコーストされていると韓国人は主張しています。確かな証拠のあるホロコーストと自称慰安婦の証言しかない韓国人慰安婦の話を同列に扱うことにユダヤ人は反対しています。「否定と肯定」のような映画をこの問題について製作する映画人は現れないでしょうか。

  2. 仲津 真治 より:

    韓国の「国民情緒主義」は困ったものですね。

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