安倍政権は崩壊するのか
都議選での自民党の敗北を受けて、安倍政権はいつ終わるのか、を考える季節がやってきました。ついこの間までは、「安倍1強」が当分、続くと思われていたのに、まさに様変わりですね。
都議選で、自民党の足を引っ張ったのは、「T」(秘書を罵倒している様子が音声で暴露された豊田真由子議員)、「H」(加計学園をめぐる総理の意向を文科省に伝えたとされる萩生田光一内閣官房副長官)、「I」(自衛隊、防衛省を自分の私兵のごとく選挙で”失言”した稲田朋美防衛相)、「S」(加計学園からの献金疑惑が浮上した下村博文元文科相)のTHISで、これが敗因だと、報じられています。
たしかに、「豊田真由子さまに向かって、お前のやってることは違うと、言うわけ?あたしに?」と秘書に叫ぶ音声は衝撃的でした。豊田議員が安部チルドレンのひとりだと聞くと、自分に「さま」をつける言いようが安部政権のおごりと重なりました。都議選の決定打といえば、これだったと思います。
私は記者時代に、いろいろな人と付き合いましたが、政治家にかぎらず、その人の社会的影響力がだんだん強くなる「臨界点」で、自分のことを固有名詞で呼ぶようになる、という経験があります。「〇〇が反対だと言っていることを忘れないでもらいたいな」といった言い方で、〇〇に自分の名前を入れるのです。
そんなとき、〇〇さんもえらくなったのだなぁと、それまでの努力や実績を考えながら、思うのですが、2期生の国会議員が自分に「さま」をつけるのは、異様としか言えません。
THISのなかで私が驚いたのは、「H」の対応です。文科省から萩生田氏の発言要旨という文書が公表されたときに、これで加計学園問題は幕引きだと思いました。萩生田氏が首相の意向であるがごとく発言して文科省をせっついたのは、自分の誤りで、首相や文科省に迷惑をかけたのは申し訳ないと謝って、副長官を辞任すると思ったからです。
トカゲのしっぽ切りだと、野党やメディアから批判が出たと思いますが、「虎の威を借る狐」という話はよくあることですし、首相側近のクビを取ったことで野党も得点をあげるし、首相も行政に口をはさんだという疑惑を、ひとまずかわすことができます。
ところが、実際には、萩生田氏は全否定した結果、文書を公表した松野博一文科相が萩生田氏に釈明に行く、ということになりました。これで、官邸は納得したかもしれませんが、世間の疑いや怒りはおさまらず、加計問題は、その後も尾を引くことになりました。
なぜ、そうならなかったのか、以前、官邸のスタッフとして働いたことのある知人に尋ねたら、こんな答えが返ってきました。「全否定でも押し切れると官邸が判断したからでしょう。とはいえ、自分が忖度したと言う人がだれもいなかったということは、だれも責任を取りたくないということでしょうし、忖度があったのではなく、指示があったということを、間接的に示すことになりましたね」。なるほどと思いました。
安倍政権は、これから内閣改造で、イメージチェンジをはかり、「1強」体制を取り戻そうとするのでしょう。しかし、一度離れた民意を翻意させるのは難しいと思います。森友学園から加計学園への一連の疑惑は、安部政権の崩壊のはじまりそ告げるもので、都議選は、その鐘の音だったということになるでしょう。
安倍首相が最後の仕事と位置付けているのは憲法改正だと思いますが、自民党内や連立を組む公明党からの異論が出てくるのを、もはや首相は抑えきれないと思います。首相が自民党総裁として示した憲法9条に自衛隊を明記する加える、高等教育の無償化を加えるという改正案は、国民の過半数の賛成を得るという狙いで、出てきたものだと思います。
自衛隊の認知も、高等教育の無償化も、そのこと自体への反対が多いとは思えませんから、憲法改正という「実績」をつくるには、いいアイデアかもしれません。しかし、自衛隊を国防軍に改組することを明記した憲法改正案を自民党はつくっているわけで、本筋の改正を回避した小手先の改正に自民党の多くが納得するとは思えません。
教育の権利と義務を定めた憲法26条は、「すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する」「すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ。義務教育は、これを無償とする」と書いてあります。「法律の定めるところにより」、無償化という教育政策は実行できるわけで、この条文に高等教育の無償化を入れることは、憲法と、それに基づく法律という法的な体系を混乱させることにすらなると思います。
おかしなことをおかしいと言う、というのが「裸の王様」の寓意です。今回の都議選で、首相は「裸の王様」であることとの見方が広がっているように思えます。「首相の意向」だけで、ものごとが動く時代は過ぎたのです。「1強」に遠慮していた自民党内からも、与党の公明党からも、そしてメディアからも、憲法改正の内容などに「おかしい」という声は強まるとすれば、憲法改正は、さらに遠のいていくでしょう。
来年9月には自民党の総裁の任期が到来し、12月には衆議院議員の任期が切れます。総裁選までに総選挙を実施し、その勝利の余勢をかって、「3期9年」に延長された自民党総裁を継続し、超長期政権を維持すると思われた安倍首相ですが、見通しはわからなくなったと思います。憲法改正案の宿題を与えられた自民党内で、首相の期待する改正案をまとめることができない、など混乱が生じれば、それまでに総辞職の可能性も出てくるかもしれません。THISの余波は、まだまだ続くと思います。
この記事のコメント
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権力を握れば「オールマイティ」と、錯覚するのですかね。
それにしても、戦後生まれはみな民主主義の自覚があると、これまで疑うことはありませんでしたが、矢張り甘かったようですね。
戦後70年間は、ただ表面的に問題意識もなくサラサラ流してきたということでしょうか。
とすると、あれだけの犠牲を払ったことを見返し、人間の本性を改めて探求するという基本的な考究も省略しっぱなしで過ごしてきたということでしょうか。
それにしても、我々の社会は元々、お互いの触れ合いと協力で成り立っているわけですから、個体間士の同等のつながりと立場の尊重が欠かせないと思うのですがね。
矢張り、「自由・平等・人権」のフランス革命を実体験しないとダメなのかな。
国連の常任理事国を目指すとえらそうに言っても、日本人は、高々このレベルに止まってるということの自覚が必要でしょう。
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ご無礼しました。些事が気になる性分ゆえ、ご寛容下さい。
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安倍を誤記してはいけません。